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堅田と湖族の郷資料館について

このページの資料は、湖族の郷資料館が入館者に配布されている「びわ湖堅田湖族の郷ウォーキングマップ」および、びわ湖大津観光協会ホームページ、 大津市教育委員会作成の出島灯台の案内板を参考にさせていただきました。



堅田滋賀県大津市北部に位置する湖畔の町。
滋賀県大津市本堅田(ほんかたた)今堅田(いまかたた)堅田(かたた)に分かれます。
琵琶湖の幅が最も狭いところにあるため、古くから交通の要所でした。
現在は対岸の守山市との間に琵琶湖大橋があります。
堅田は中世の時代に、堅田衆(湖族)によって、琵琶湖最大の自治都市が築かれました。
湖族は、水先案内人、運送業、漁業、造船業などで生計を立てたと伝えられています。

map/地図 ↓click here/クリックすると拡大します

2008.04.26up Imakatata/今堅田012「今堅田出島灯台バス停付近」

 



湖族の郷資料館では、古代から中世、近代に至る堅田の変遷、芭蕉や門人たち、 志賀廼家淡海(※)といったゆかりの人物、 堅田を題材にした文学作品を紹介しています。民具の展示や、郷土品販売コーナーもあります。

湖族の郷資料館
所在地 〒520-0242 滋賀県大津市本堅田1丁目21-27   電話番号 077-574-1685
入館料 大人100円



※志賀廼家淡海
♪舟を曳きあげ漁師は帰る あとに残るは櫓と櫂
             波の音 ヨイショコショ 浜の松風
と歌われる「淡海節」は、明治・大正・昭和の三代にわたり一世を風靡した喜劇役者志賀廼家淡海が作った曲。 淡海は明治16年(1883)本堅田に生まれ、本名は田辺耕治。父親は高名な浄瑠璃語りでしたが、 淡海が幼少のころ出奔します。淡海は、青年時代、江州音頭で頭角を表し、18歳のとき芸界に入るため堅田をあとにします。以降、 浮沈を繰り返しますが、故郷を偲んで作った「淡海節」が大ヒットするに至り脚光を浴び、喜劇界の頂点に登りつめました。 晩年は親鸞や蓮如を題材にした宗教劇で人気を博しました。昭和31年、巡業先の鹿児島の舞台で死去。享年73歳。 堅田駅前の交番横に淡海の顕彰碑があります。

今堅田

2008.03
.24up Imakatata/今堅田004

出島灯台(でけじまとうだい)
~明治に建てられた木造の灯台~


今堅田の浜の突端に建つこの灯台は、高さ約7.8メートル高床式木造
かつて湖上関があったと言われるこの場所は、琵琶湖がくびれて対岸が迫っており、座礁や難破事故が絶えなかった難所でも ありました。近年に入ってからも舟の出入りが多かったことから、明治8年(1875年)航行の安全を願って建てられたものです。 現在は、児童公園の奥に残っています。
昭和36年(1961)9月第二室戸台風により倒壊寸前の状態となりましたが、地元の皆さんの熱心な保存運動により、 昭和48年(1973)復旧されました。
四本の柱と中心に立つ支柱の計5本の柱で支え、支柱の頭部に火袋を取り付けています。
光源大正7年(1918)年までランプを使用、以後は電灯に。一度その火は途絶えましたが、地元有志の皆さんの手で 平成元年(1989)から点灯が再開されました。


所在地 滋賀県大津市今堅田1丁目22 
閑静な住宅街の一角にあり、駐車場はありませんので、ご注意下さい。  




今堅田・出島灯台へのアクセス


最寄り駅 JR堅田駅(京都駅から湖西線で約20分)
バス 堅田駅より5分、江若交通(こうじゃくこうつう) 琵琶湖大橋線「今堅田出島灯台」(いまかたた・でけじまとうだい)下車
徒歩 堅田駅より徒歩30分(約1.5キロ)。湖岸へ直進、堅田漁港入り口で左折し泉福寺まで直進して下さい。 地蔵堂の脇の道へ入り、すぐ右折し、住宅街を抜けて下さい。

所在地  滋賀県大津市今堅田 

車・バス・徒歩共通の追加情報→ 今堅田出島灯台について(追加)



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