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妙法寺 湖族の郷資料館 本堅田1丁目へのアクセス

堅田と湖族の郷資料館について

このページの資料は、湖族の郷資料館が入館者に配布されている「びわ湖堅田湖族の郷ウォーキングマップ」および 浮御堂が参拝者に配布されているパンフレット「浮御堂」を参考にさせていただきました。



堅田滋賀県大津市北部に位置する湖畔の町。
滋賀県大津市本堅田(ほんかたた)今堅田(いまかたた)堅田(かたた)に分かれます。
琵琶湖の幅が最も狭いところにあるため、古くから交通の要所でした。
現在は対岸の守山市との間に琵琶湖大橋があります。
堅田は中世の時代に、堅田衆(湖族)によって、琵琶湖最大の自治都市が築かれました。
湖族は、水先案内人、運送業、漁業、造船業などで生計を立てたと伝えられています。

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2008.04.24up Honkatata/本堅田045「本堅田1丁目の町並み」

 



湖族の郷資料館 では、古代から中世、近代に至る堅田の変遷、芭蕉や門人たち、 志賀廼家淡海(※)といったゆかりの人物、 堅田を題材にした文学作品を紹介しています。民具の展示や、郷土品販売コーナーもあります。

2008.08.08up Honkatata/本堅田088

湖族の郷資料館
所在地 〒520-0242 滋賀県大津市本堅田1丁目21-27   電話番号 077-574-1685
入館料 大人100円



※志賀廼家淡海
♪舟を曳きあげ漁師は帰る あとに残るは櫓と櫂
             波の音 ヨイショコショ 浜の松風
と歌われる「淡海節」は、明治・大正・昭和の三代にわたり一世を風靡した喜劇役者志賀廼家淡海が作った曲。 淡海は明治16年(1883)本堅田に生まれ、本名は田辺耕治。父親は高名な浄瑠璃語りでしたが、 淡海が幼少のころ出奔します。淡海は、青年時代、江州音頭で頭角を表し、18歳のとき芸界に入るため堅田をあとにします。以降、 浮沈を繰り返しますが、故郷を偲んで作った「淡海節」が大ヒットするに至り脚光を浴び、喜劇界の頂点に登りつめました。 晩年は親鸞や蓮如を題材にした宗教劇で人気を博しました。昭和31年、巡業先の鹿児島の舞台で死去。享年73歳。 堅田駅前の交番横に淡海の顕彰碑があります。

本堅田の寺・神社

2008.06.21up Honkatata/本堅田064 2008.06.22up Honkatata/本堅田065

伊豆神社
~堅田大宮と呼ばれる、堅田の中心的な神社~


由緒に、寛平年間(878~897年)比叡山の法性坊阿闍梨が諸国修行に出たとき、伊豆の三嶋で笈に乗っていたところ、 伊豆権現が乗り移り、神託を受けて社を建てたといいます。
その後、比叡山に帰り堅田を訪れた法性坊は、辺りの風景が三嶋の地に似ているところから、祭神を分祀しこの地に伊豆神社を創建したと伝えられています。
祭神である大山須祇命は「和多志(渡し)」の神。


所在地 滋賀県大津市本堅田1丁目19-26   電話番号 077-573-2354  拝観 境内自由




2008.04.24up Ukimido/浮御堂019 2008.06.03up Ukimido/浮御堂022

浮御堂
~近江八景の一つ「堅田の落雁」に数えられ、広重の浮世絵にも登場~


琵琶湖に浮かぶ浮御堂は、正式には海門山満月寺と称し、京都紫野大徳寺派に属する禅寺です。
長徳年間(995年頃)、比叡山横川恵心院の僧であった源信(「往生要集」の著者)が、湖上の安全と衆生済度を願い、 自ら千体の阿弥陀仏を刻んで開いたのが始まりです。
これまで風雨や戦で何度も荒れ果ててきましたが、その都度再建され、現在の浮御堂は昭和12年再建のもの。
「聖観音座像」は平安時代の作で、重要文化財に指定されています。
このほか、薬師如来像・十一面観音像が安置されている「観音堂」、昭和9年までの浮御堂の古材を用いて建立された 「茶室玉鈎亭(ぎょくこうてい)」が、登録文化財に指定されています。
四季折々に美しく湖面にその姿を写す浮御堂は、古くから多くの人々に愛されてきました。
「鎖(じょう)あけて月さし入れよ浮御堂」、「比良三上雪さしわたせ鷺の橋」は芭蕉の句。境内に芭蕉の句碑があります。


所在地 滋賀県大津市本堅田1丁目16-18   電話番号 077-572-0455  FAX 077-574-1199
無休  拝観時間 8:00~17:00  拝観料 大人300円、小学生100円  無料駐車場(普通車30台)




2008.06.19up Honkatata/本堅田062 2008.01.25up Honkatata/本堅田002

神田神社
~下鴨神社とゆかりが深い神社。滋賀県大津市真野にある神田神社とは別の神社です~


天暦3年(949)山城国加茂神を分祀し創建されました。
11世紀後半(平安時代末期)堅田の地は京都の下鴨神社の神領となり、神田神社のもとに御厨が置かれて、 加茂社への供膳・供祭のための魚介類を献上する責務を負いました。
その見返りとして、堅田は湖の漁業や運行などあらゆる権益を得て、中世に琵琶湖最大の町を築くこととなったのです。
例年、京都の葵祭りの前日に当たる5月14日には、伊豆神社とともに湖魚を下鴨神社に届ける 「献饌供御人行列」が古式ゆかしく行われています。
祭神は鴨玉依姫命


所在地 滋賀県大津市本堅田1丁目  拝観 境内自由




2008.05.29up Honkatata/本堅田051 2008.05.19up Honkatata/本堅田049

光徳寺
~親鸞の御真影を奪い返すために自らの首を差し出した源兵衛の頭蓋骨がまつられている~


もとは天台宗でしたが、延元元年(1336)天台の高僧、天霊が浄土真宗に改宗して開山されました。
第五代住職、祐誓の時代から蓮如上人とゆかりが深く、蓮如の真筆の名号や消息などの品が残されています。
光徳寺といえば「堅田源兵衛の首」。親鸞の御真影を奪い返すために、漁師の源兵衛は自らの首を父親に切らせて 差し出したといいます。
光徳寺の境内には源兵衛親子の像があり、本堂には源兵衛の頭蓋骨がまつられています。


所在地 滋賀県大津市本堅田1丁目22-20   電話番号 077-572-1030
拝観 境内自由(本堂 要相談)




2008.06.12up Honkatata/本堅田058 2008.04.17up Honkatata/本堅田042

祥瑞寺
~一休さんが若い頃修行したお寺~


トンチで有名な一休和尚が、22歳から34歳まで修行し、悟りを開くとともに一休の道号を授けられたお寺。 応永年間(1394~1428)大徳寺派の高僧、華叟宗曇(かそうそうどん)により開かれ、当初は祥瑞庵といわれていました。
御本尊は鎌倉時代の釈迦如来像。開山堂には華叟と一休の木造が安置されています。
松尾芭蕉が祥瑞寺を訪れたときの句が「朝茶飲む僧静かなり菊の花」。境内に芭蕉の句碑があります。


所在地 滋賀県大津市本堅田1丁目27-20   電話番号 077-572-2171
拝観 境内自由(本堂・開山堂の拝観は要予約




2008.05.06up alley/路地007 2008.05.14up alley/路地009

本福寺

~蓮如、芭蕉とのゆかりが深いお寺~

南北朝時代(1334~1392)に、湖東の野洲三上神社の神職であった善道によって開かれました。
第三代住職、法住の時代(応永元年(1467))に、本願寺を追われた蓮如上人が 本福寺に身を寄せて再興の時を待ちました。本願寺旧跡と言われる所以です。
この時、法住のもとに結集して蓮如を守り活躍したのが、商工農漁を生業とする全人衆(まろうど)と呼ばれる人たちでした。
本堂には、「親鸞蓮如連座像」「十字名号」等、蓮如ゆかりの品が数多く残されています。

また、本福寺は松尾芭蕉とのゆかりも深いお寺です。
とりわけ第十一代住職、明式との親交は厚く、芭蕉が大津に来たきっかけとなったのは、 明式の案内があったからだといわれています。
明式は芭蕉の弟子となり、貞享2年(1685)「千那」の俳号を与えられました。
以来、芭蕉はしばしば堅田を訪れて、堅田の人々と親交を深めるとともに多くの句を残しています。
千那を訪ねた際、風邪で寝込んだ芭蕉の句が「病雁の夜寒におちて旅寝かな」
千那も「しぐれ来や並びかねたるいさざ船」など、多くの句を詠みました。
本福寺は「千那寺」と別称され、境内には芭蕉と千那の句碑があります。


所在地 滋賀県大津市本堅田1丁目22-30   電話番号 077-572-0044  拝観 境内自由




他にも・・・

2008.04.24up Honkatata/本堅田046

都久生須麻神社  滋賀県大津市本堅田1丁目  拝観 境内自由




2008.02.08up Honkatata/本堅田012

福聚院  滋賀県大津市本堅田2丁目15-21   電話番号 077-572-0528




2008.01.27up Honkatata/本堅田004

妙盛寺  滋賀県大津市本堅田1丁目9-18   電話番号 077-572-2354




2008.06.08up Honkatata/本堅田054

寿寧寺  滋賀県大津市本堅田1丁目6-26   電話番号 077-573-3116




妙法寺  滋賀県大津市本堅田6丁目10-6   電話番号 077-572-2013




本堅田1丁目へのアクセス


  最寄り駅 JR堅田駅(京都駅から湖西線で約20分)
  バス    堅田駅より、江若交通(こうじゃくこうつう) 堅田町内循環バス
         堅田出町(かたたでまち) もしくは 浮御堂前(うきみどうまえ)下車
         ※浮御堂前は土・日のみ運行
  車     湖西道路真野ICから10分、または名神栗東ICから40分

  所在地  滋賀県大津市本堅田1丁目



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