献饌供御人行列&葵祭/festival at Katata and Kyoto

2014年7月 1日 (火)

葵祭前儀「献饌供御人行列」/写真目次

掲載写真がブログ全体で約4000枚となり、
今までの分類(カテゴリー分け)では、閲覧にエラーが出ることがあるため、
バックナンバーの整理を行っております。

そのため、カテゴリー「献饌供御人行列&葵祭/festival at Katata and Kyoto」では、
2012年度の写真を中心に掲載しています。

他年度の行列写真は、下記リンクよりご覧下さい。

▼2015年度 (※葵祭 「社頭の儀」は後日UP予定)
2015年堅田町内巡行編~京都・下鴨神社巡行編
2015年度行列案内(日時・経路・参加者募集)

▼2014年度
2014年度行列案内(日時・経路・参加者募集)
2014年堅田
2014年京都

▼2013年度
2013年度行列案内
2013年堅田
2013年京都

▼2012年度
2012年度行列案内
2012年度 葵祭「勅使奉幣の儀」
写真動画【葵祭 社頭の儀 2012】

▼2009年~2011年度
2009年堅田(2010年4月掲載)
2009年京都(その1)(2010年5月掲載)
2009年京都(その2)(2010年5月掲載)
2009年京都(その3)・2010年京都(2010年5月掲載)
2011年度行列案内&2010年堅田

2011年度行列案内
2011年京都(1)
2011年京都(2)
2011年京都(3)
2011年堅田(1)
2011年堅田(2)
2011年堅田(3)
2011年堅田(4)
2011年堅田(5)

▼行列の詳細は、YouTube動画のiボタン(画面の一番右)をクリックして下さい。解説が出ます。


◆新聞コラムが当ブログの文章を「引用」したのでは?と指摘されている件について
~新聞社に申し入れを行いました(2014年7月・8月)


2014年7月14日(月)付の、地元新聞の朝刊に、堅田の歴史に関するコラムが掲載されました。
ところが、冒頭の箇所(「献撰供御人行列」の解説)が、当ブログの文章によく似ていました。

献撰供御人行列については、地元の方に声をかけていただき、2009年から撮影してきました。
資料が殆どなかったため、地元の方や主催者の方に伺った話を書いてきました。
撮影した写真につける文章を、つたないながら苦心して考え、何度も書き直しています。

コラムを執筆したのは文化財専門職の公務員の方で、当ブログと誤記まで同じ表現だったこと、
ブログと同じ単語や言い回しがちりばめるように使われていたこと、
今後当該コラムが新聞社から出版されて同じ問題が起こる可能性があることから、
著作権専門の弁護士さんと相談の上、新聞社と執筆者に文書で申し入れを行いました。

当ブログを引用する場合は、引用部分と出典を明記していただくよう、お願いします。
判断に迷う場合は、管理人(兼松)までご連絡下さい。
(なお、丸写しは著作権上の引用には当たらず、無断転載となりますので、ご留意下さい。)
http://katata.cocolog-nifty.com/blog/2014/07/post-2fdc.html


(2015/1/10追記)
新聞社に類似箇所の具体的な指摘を行ったため、しばらくブログの現状(表現)を変更できませんでした。
2015年を迎えたのを機に、ブログ、YouTube(文章)とも誤記を訂正させていただきました。


訂正箇所は献饌供御人行列の開始年度です。

× この歴史を現代にも伝えようと、1994年から献饌供御人行列が行われている。

○ この歴史を現代にも伝えようと、1990年から献饌供御人行列が行われている。
(※堅田町内だけでなく下鴨神社へも巡行する現在のスタイルは1994年以降続けられている。)

なお訂正を行った記事は以下のとおりです。
(1)2009/5/20  臨時増刊号・献饌供御人行列の動画(2009年5月14日(木)撮影)
(2)2010/4/17  献饌供御人行列(01) 神事の日の朝、神田神社 ~Honkatata/本堅田 253
(3)2010/4/30  献饌供御人行列(14) カモアオイ(双葉葵、賀茂葵)の御神紋を掲げて ~Honkatata/本堅田 282-283
(4)2013/5/17   【葵祭前儀「献撰供御人行列」の写真】 滋賀・堅田町内巡行編(2013年5月14日撮影) #shiga #otsu #japan #photo
(5)2014/5/22   【葵祭前儀「献撰供御人行列」の写真】 滋賀・堅田町内巡行編(2014/5/14) #katata #shiga #japan #festival #photo
(6)2014/5/24   【葵祭前儀「献撰供御人行列」の写真】 京都・下鴨神社巡行編(2014/5/14) #kyoto #japan #festival #photo
(7)YouTube(動画の解説文):献撰供御人行列 2009年5月14日(木)
(追記ここまで)


2012年5月30日 (水)

【葵祭前儀「献撰供御人行列」の写真】 下鴨神社に琵琶湖の鮒を届ける神事。下鴨神社巡行の様子(最終回)です。~2012年5月14日(月)その3 #kyoto #photo

下鴨神社巡行6・鳥居の前で待つ神職

糾の森を抜けた鳥居の向こうで、行列の到着を待つ神職。その向こうに楼門が見えています。


下鴨神社巡行7・糾の森を抜けて

葵祭の前日(5/14)。下鴨神社に奉納する”琵琶湖の鮒(ふな)”が運ばれていきます。
滋賀県大津市本堅田は、平安時代に下鴨神社の御厨(みくりや)が置かれた地です。
この歴史を伝えるために1994年から実施されているのが「献饌供御人行列」(けんせん くごにん ぎょうれつ)です。
近年は”葵祭「前儀」”として、葵祭の公式行事になっています。


下鴨神社巡行8・楼門

新緑の向こうには、鮮やかな朱塗りの楼門。行列の気配に、何事かと振り返る人の姿も。


下鴨神社巡行9・献饌供御人行列

下鴨神社の4人の神職を先頭に、「献饌供御人行列」(けんせん くごにん ぎょうれつ)がやって来ました。


下鴨神社巡行10・楼門の前で待つ神職

楼門では他の神職が待ち受けます。


下鴨神社巡行11・雅楽の調べにのって進む行列

雅楽の調べにのって進む行列。

下鴨神社巡行12・楼門をくぐる1

下鴨神社巡行13・楼門をくぐる2

下鴨神社巡行14・楼門をくぐる3

下鴨神社巡行15・楼門をくぐる4


下鴨神社巡行16・舞殿前を行く1

舞殿の前を進み、いよいよ本殿へと向かいます。

下鴨神社巡行17・舞殿前を行く2


下鴨神社巡行18・祭典中につき、お静かに願います(カツラの枝と一緒に)

飾られているのは、カツラの枝。ちょうどその上に見えているのが本殿です。
本殿の屋根に金色で施されているのが、下鴨神社の神紋であるカモアオイ(フタバアオイ)です。
カツラの葉はカモアオイとよく似ているので、葵祭のときに関係者が身につけます。


下鴨神社巡行19・白装束姿で神事を見守る

本殿にて。堅田から運んできた鮒を神前に供えてお払いする儀式が20分程度続きます。
ところで葵祭の前に堅田以外から奉納されるのは、亀岡の栗、近江八幡の米、長良川の鮎と伺った事があります。
行列を仕立てて下鴨神社に奉納しているのは、現在のところ、堅田の鮒だけだそうです。


下鴨神社巡行20・記念撮影

儀式が終わった後、楼門前で記念撮影。今年もお付き合い頂き、本当にありがとうございました。

(撮影後記)
ひょんなことから撮影のご縁を頂いて、4年目になります。行列を撮影する事はお顔をしっかりと見ることでもあって、
一年に一度、祭事の表情で撮影させていただくことで、その人の人となりが見えるような瞬間があります。

私はその方のお顔を覚えているのに、「今年初めて?」と聞かれて、「4年目です・・・^^」というときもあれば、
別の方から後日お声をかけていただいて、こちらはすぐにわからなかったりと(すみません・・・)、様々です。
人間を撮るって奥の深いものだと、つくづく思います。

動いていく行列を撮る事。それは普段の撮影と違って、当日にその場で対応するしかない事もたくさんあります。
天気や光、他の撮影者や沿道の方や観光客の皆さん、自動車の動きなどなど。私にはどうしようもありません。
それに私は背も体も大きくはないので、脚立を持って体で押し込んで撮ってくるようなことは、
(葵祭の日に見かけた多くのカメラマンのようには、)なかなかできません。

それでも撮れるという事は、周りに支えてもらったり、カメラが撮ってくれたり、
光や人や自動車の動きなどにも逆に変化やチャンスをもらったりしているからだと思うし、
自分の流儀(スタイル)で撮れるという事は、すごく幸せなことだと思っています。

In the second half in the 11th century (Heian era last years) ,Katata was a territory in Shimogamo
Shrine in Kyoto, and "Mikuriya" was put under Kanda Shrine, and the obligation to which an attendant
table to Kamonoyashiro and seafood for an attendant festival are presented was carried.
As the reward, Katata got every rights and interests from fishery or the service of Lake Biwa
and built the greatest town around Lake Biwa in the Middle Ages.Every year, "Kensen Kugonin Gyoretsu"
procession which leaves the Kanda Shrine and sends crucian carps to Shimogamo Shrine is performed
gracefully with the traditional ritual on May 14,the day before Aoi Festival of Kyoto.


※お知らせ※
【参加者の皆さま】写真データは主催者様にお渡ししてありますので、写真のお渡しは今しばらくお待ち下さい。

なお2009-2012年度の供御人行列の写真をこちらに収録しています。御覧下さい。

※主催者様にお渡ししているものと同じ写真です。
http://katata.cocolog-nifty.com/blog/cat39653099/index.html

※但し2012年度は、ブログに掲載する写真と、参加者の方にお渡しする写真が異なります。
2012年は月曜日の朝で沿道の人が多かったため、例年と異なり、参加者以外の方のお顔が写りこんだ写真が多くありました。
そのため、サイトポリシーに従ってブログには掲載せず、参加者の方にお渡しする写真として事務局にお送りしています。

【葵祭】2012年5月16日(水) 晴天の下鴨神社にて、関係者で行われた「社頭の儀」の写真を掲載しています。
当ブログがご縁で、貴重な撮影の機会を頂きました。堅田の皆さま、本当にありがとうございます。m(_ _)m
http://katata.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/2012516-katata-.html


堅田の風景動画(短編集・Silent Movie)

Katata/堅田 mobile/携帯版

サイトマップ(日本語)

SiteMap(en)

動画・2009.5.14献撰供御人行列(Silent Movie)


2012年5月28日 (月)

【葵祭前儀「献撰供御人行列」の写真】 下鴨神社に琵琶湖の鮒を届ける神事。堅田町内から下鴨神社巡行の記録です。~2012年5月14日(月)その2~Honkatata/本堅田 459-466 #shiga #otsu #kyoto #photo

下鴨神社へ奉納するために琵琶湖の鮒を運ぶ

葵祭の前日(5/14)。祭の舞台となる下鴨神社に奉納する”琵琶湖の鮒(ふな)”が運ばれていきます。
ここは滋賀県大津市本堅田。平安時代に下鴨神社の御厨(みくりや)が置かれた地です。
この歴史を伝えるために1994年から実施されているのが「献饌供御人行列」(けんせん くごにん ぎょうれつ)です。
近年は”葵祭「前儀」”として、葵祭の公式行事になっています。


伊豆神社にて・鮒の神事(お払い)

朝8時に本堅田の神田神社(写真は前回)を出発した行列は、伊豆神社でお払いを受けます。
中央の木箱には鮒が納められていて、鮒も一緒にお払いを受けます。
実は今年から、神職さまが代わりました。毎年写真を御覧になっている方なら、お気づきになったかもしれませんね。
昨年秋まで下鴨神社にお勤めだったという方です。こんなところにも、下鴨神社との深いご縁を感じます。


堅田町内巡行1・伊豆神社脇を行く

お払いの後、一行は堅田町内巡行へ。

※月曜日だった事もあり、例年と違って、町内巡行の写真には参加者以外の方のお顔が多く写りこんでいました。
そのため、サイトポリシーに従ってブログには掲載せず、参加者の皆さんには主催者さまから写真をお渡しします。


堅田町内巡行2・妙盛寺の隣を行く

妙盛寺のそば、佐倉燃料さんの前を通過。
ここから先は浮御堂に続く一本道で、大道町と呼ばれる界隈です。
旗に描かれている神紋は、下鴨神社(賀茂御祖神社)のカモアオイ(フタバアオイ)。
旗の先にはカツラの枝を挿しています。
カツラの葉はカモアオイとよく似ているので、葵祭のときに関係者が身につける植物です。


堅田町内巡行3・大道町を行く1

大道町を行く一行。本堅田の町並みの中でも特に町屋が残る美しい界隈です。


堅田町内巡行4・大道町を行く2

鮒寿司の老舗、中島七郎兵衛商店さん(写真左)の前で。
この日は月曜日の朝8時台ということもあり、車がひっきりなしでした。こうなると歩くのも撮影するのも大変です。
実は向こうで3台待ってもらっています。生活道路ゆえの悩みですが、悩ましいところですね。

ところで、なぜ、鮒なのか。
中世の堅田衆は、下鴨神社のカモアオイの紋の下、湖上交通や漁業に大きな力を持ちました。
中世の頃になると、琵琶湖といえば堅田、堅田といえば鮒と言う位、町は栄え鮒は珍重されたといいます。
二年前に行列に同行された研究者の方に伺った話です。


堅田町内巡行5・大道町を行く3

行列の後方を歩くのは、氏子の皆さんと、町衆姿の地元の皆さん。大道町の町屋の前にて。


堅田町内巡行6・地蔵堂の前で(行列の後に)

堅田は少し歩けば地蔵堂に出合う町です。行列が通り過ぎた後の、本堅田1丁目にて。


下鴨神社巡行1・行列開始

堅田から貸し切りバスで西へ1時間、京都(下鴨神社)に到着。
下鴨神社の4人に先導されて、すぐに糾の森巡行が始まりました。
位置関係を申しますと、堅田の西は京都の大原で、大原・八瀬から京都市内に下りて来ると下鴨神社です。
(時々調べている方がおられるのですが、残念ながら、堅田~大原~下鴨神社に路線バスは走っていません。)
車のない当時は、峠を越えて人の足で鮒を運んだことになります。


下鴨神社巡行2・堅田から来た一行

新緑が目にまぶしい季節。堅田では直線で行列を撮れる場所がなかったので、一枚掲載しておきますね。


下鴨神社巡行3・神職の先導

行列を先導して下鴨神社の鳥居をくぐる神職さまです。


下鴨神社巡行4・鳥居をくぐる一行

下鴨神社の鳥居をくぐった一行。この先は糾の森と呼ばれる聖域です。


下鴨神社巡行5・献饌供御人行列

「献撰供御人行列」の旗が力強く進んでいきます。この続きは、次回(特集の最終回)にて掲載します。

In the second half in the 11th century (Heian era last years) ,Katata was a territory in Shimogamo
Shrine in Kyoto, and "Mikuriya" was put under Kanda Shrine, and the obligation to which an attendant
table to Kamonoyashiro and seafood for an attendant festival are presented was carried.
As the reward, Katata got every rights and interests from fishery or the service of Lake Biwa
and built the greatest town around Lake Biwa in the Middle Ages.Every year, "Kensen Kugonin Gyoretsu"
procession which leaves the Kanda Shrine and sends crucian carps to Shimogamo Shrine is performed
gracefully with the traditional ritual on May 14,the day before Aoi Festival of Kyoto.


※お知らせ※
【参加者の皆さま】写真データは主催者様にお渡ししてありますので、今しばらくお待ち下さい。

なお2009-2012年度の供御人行列の写真をこちらに収録しています。御覧下さい。

※主催者様にお渡ししているものと同じ写真です。
http://katata.cocolog-nifty.com/blog/cat39653099/index.html

※但し2012年度は、ブログに掲載する写真と、参加者の方にお渡しする写真が異なります。
2012年は月曜日の朝で沿道の人が多かったため、例年と異なり、参加者以外の方のお顔が写りこんだ写真が多くありました。
そのため、サイトポリシーに従ってブログには掲載せず、参加者の方にお渡しする写真として事務局にお送りしています。

【葵祭】2012年5月16日(水) 晴天の下鴨神社にて、関係者で行われた「社頭の儀」の写真を掲載しています。
当ブログがご縁で、貴重な撮影の機会を頂きました。堅田の皆さま、本当にありがとうございます。m(_ _)m
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堅田の風景動画(短編集・Silent Movie)

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動画・2009.5.14献撰供御人行列(Silent Movie)


2012年5月24日 (木)

【葵祭前儀「献撰供御人行列」の写真】 下鴨神社に鮒を届ける神事の日。朝の神田神社にて~2012年5月14日(月)その1~Honkatata/本堅田 452-458 #shiga #otsu #photo

神田神社の静かな朝1・カモアオイの紋の倉庫

写真に写っている倉庫の「紋」にご注目ください。
カモアオイ(フタバアオイ)の紋は、京都の下鴨神社と同じです。

ここは琵琶湖・浮御堂に近い、滋賀県大津市本堅田1丁目の神田神社。
平安時代に下鴨神社の御厨(みくりや)となり、今も京都と深いつながりをもつ神社です。


神田神社の静かな朝2・2012年5月14日

境内の奥でぼんやりと浮かんでいたのは・・・朝の光に照らされたツツジのピンクと新緑、そして神田神社の本殿。


神田神社の静かな朝3・稲荷神社

神田神社の境内にある稲荷神社。朱塗りの鳥居が朝の光に照らされて、一段と鮮やかでした。
Inari shrine (the god of the harvest) in the precincts of Kanda Shrine in Honkatata,Japan.


神田神社の静かな朝4・神社由来

↑神田神社の由来です。

※堅田には、平安時代、下鴨神社の御厨(みくりや)が置かれていました。
中世の頃になると、琵琶湖といえば堅田、堅田といえば鮒(ふな)と言う位、町は栄え鮒は珍重されたといいます。
中世の堅田の人々(堅田衆)は、下鴨神社のカモアオイの紋の下、湖上交通や漁業に大きな力を持ちました。
献饌供御人行列とは(当ブログ2010.4/17の記事)より

葵祭の前日(5/14)には、神田神社を出発して下鴨神社に鮒(ふな)を届ける「献撰供御人行列」が行われています。

In the second half in the 11th century (Heian era last years) ,Katata was a territory in Shimogamo
Shrine in Kyoto, and "Mikuriya" was put under Kanda Shrine, and the obligation to which an attendant
table to Kamonoyashiro and seafood for an attendant festival are presented was carried.
As the reward, Katata got every rights and interests from fishery or the service of Lake Biwa
and built the greatest town around Lake Biwa in the Middle Ages.Every year, "Kensen Kugonin Gyoretsu"
procession which leaves the Kanda Shrine and sends crucian carps to Shimogamo Shrine is performed
gracefully with the traditional ritual on May 14,the day before Aoi Festival of Kyoto.


神田神社の静かな朝5・本殿の前

神田神社の静かな朝6・本殿前にて一礼

2012年の「献撰供御人行列」参加者の皆さん。出発直前、本殿に深々と一礼します。


神田神社の静かな朝7・出発の前

いいお天気になりそうな、空の色。こうして今年も堅田から同行し、全行程を撮影させていただきました。
2012年の「献撰供御人行列」の写真を、今回から3回の予定でお届けします。

※お知らせ※
【参加者の皆さま】事務局の方々も撮影者もボランティアで、よりよいものをお届けできるように作業を行っております。
写真データは主催者様にお渡ししてありますので、ご理解のほど、今しばらくお待ち下さい。

2009-2012年度の供御人行列の写真はこちらに収録しています。

※主催者様にお渡ししているものと同じ写真です。
http://katata.cocolog-nifty.com/blog/cat39653099/index.html

※但し2012年度は、ブログに掲載する写真と、参加者の方にお渡しする写真が異なります。
2012年は月曜日の朝で沿道の人が多かったため、例年と異なり、参加者以外の方のお顔が写りこんだ写真が多くありました。
そのため、サイトポリシーに従ってブログには掲載せず、参加者の方にお渡しする写真として事務局にお送りしています。

【葵祭】2012年5月16日(水) 晴天の下鴨神社にて、関係者で行われた「社頭の儀」の写真を掲載しています。
当ブログがご縁で、貴重な撮影の機会を頂きました。堅田の皆さま、本当にありがとうございます。m(_ _)m
http://katata.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/2012516-katata-.html


堅田の風景動画(短編集・Silent Movie)

Katata/堅田 mobile/携帯版

サイトマップ(日本語)

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動画・2009.5.14献撰供御人行列(Silent Movie)


2012年5月17日 (木)

【葵祭】2012年5月16日(水) 晴天の下鴨神社にて、関係者で行われた「社頭の儀」の写真を掲載しています(写真ブログKatata/堅田) #kyoto #photo

Aoi_festival2012_051601

葵祭というと、都大路を行列が行く「路頭の儀」が有名ですが、
今回ご紹介するのは、下鴨神社の舞殿で行われる「社頭の儀」(11時40分頃開始)です。

葵祭の起源は6世紀に遡ります。平安京が造営される前の京都では凶作が続いたため、
当時の天皇が上賀茂神社と下鴨神社に勅使を送って五穀豊穣を祈願したのが起源とされています。
(http://ja.wikipedia.org/wiki/葵祭)

関係者が身に着けるのは、御神紋のカモアオイ(双葉葵、賀茂葵)という植物です。
カモアオイ自体はとても小さな植物のため、葉の形のよく似たカツラの枝を一緒に挿します。

※このページの写真は18枚です。読み込みに多少時間がかかることがあります。御了承下さい。


Aoi_festival2012_051602

舞殿に行列が入ってきました。先頭は楽士たち。雅楽の楽器が続きます。

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童女(わらわめ)は、斎王代の傍らに仕える少女。愛らしい姿ですね。続いて斎王代が入ってきました。

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美しい女人列が続きます。装束が本当に素晴らしかったです。この雰囲気が皆さんに伝わりますように。


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神服殿に座った斎王代と女人たち。生きているお雛様を見ているようでした。


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伝統の祭儀「社頭の儀」の様子です。

Aoi_festival2012_051611

社頭の儀を終えた勅使が舞殿を降りるところです。4人の侍従が付き従います。
向かいの神服殿で斎王代と女人たちが儀式を見守ります。


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ぶどう色の装束の男性が陪従(べいじゅう)。一人は和琴を抱えています。

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勅使が舞殿を退出すると、陪従(べいじゅう)が歌を唱えます。後姿がまた見事でした。日本の美、ですね。


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緋色の装束の舞人(まいうど)。裾の模様も季節感があって素晴らしかったです。

Aoi_festival2012_051615

6人の舞人が舞殿に昇り、駿河舞と求子舞(もとめごまい)を舞うのが「東游(あずまあそび)」。
傍らで見守る人の装束と小物にも見とれてしまいました。ピンクが斬新で効いています。

Aoi_festival2012_051616

舞殿を一旦降りた舞人たちは、皆の前で肩袖を下ろします。現われたのは新緑を思わせる色。

Aoi_festival2012_051617

再び舞殿に昇って舞う、舞人たち。東游(あずまあそび)が終わると、社頭の儀終了です。


Aoi_festival2012_051618

行列に使われた風流傘(ふりゅうがさ)が、楼門の外に並べられていました。
溢れんばかりの造花で飾られて、神社の緑に映えていました。

行列は下鴨神社で休憩をとって、この後、上賀茂神社へと向かいました。
私は3日続けての下鴨神社での撮影となりましたので、そのまま帰りました。
今回思いがけず、貴重な撮影の機会を頂きました。深く御礼申し上げます。


前日の5月15日(火)、雨の下鴨神社にて、関係者だけで行われた「勅使奉幣の儀」の写真は こちらに掲載しています。http://katata.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/2012515katata-k.html

前々日の5月14日(月)に行われた葵祭前儀「献饌供御人行列」(本堅田、下鴨神社)の写真は、後日掲出します。
2009-2011年度の供御人行列の写真はこちらに収録しています。
http://katata.cocolog-nifty.com/blog/cat39653099/index.html

※「献饌供御人行列」 葵祭の前日(5月14日)、滋賀県大津市本堅田から、下鴨神社へ琵琶湖の鮒を届ける神事。


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