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2014年11月

2014年11月30日 (日)

滋賀と京都の紅葉(2014年11月撮影)【洛北】大原から古知谷阿弥陀寺、蓮花寺、赤山禅院 【滋賀】湖東三山、永源寺、石山寺、三井寺、日吉大社、西教寺、鶏足寺、石道寺、湖南三山、不動寺、太郎坊宮、教林坊



11月後半はいかがお過ごしでしたか?
私は連日、紅葉の撮影で、京滋のお寺を中心に回っていました。
ひたすら早起きして、移動、撮影、移動の毎日でした。

名刹は山の中、石段の上にあることが多いので、バスと電車の後は てくてく歩きます。
この数年でだいぶ鍛えられたかな、と思いつつ、上り坂はやっぱり苦手です^^;

冒頭の写真は、京都市左京区にある天台宗寺院「蓮華寺」(れんげじ)にて。
「そうだ 京都、行こう。」という名キャッチコピーがありますが、まさにそんな感じですね。

蓮華寺は池泉鑑賞式庭園で知られ、石仏もまた美しいお寺です。
比叡山麓にある八瀬駅の一つ手前(上橋)でバスを下りると、蓮華寺があります。



この秋も、撮影を通じて、いろんな一期一会がありました。
紅葉の前は奈良に伺ったのですが、奈良の皆さんには本当に良くして頂きました。
斑鳩町の皆さま、奈良市の皆さま、本当にありがとうございました。

京都大原や滋賀各地へと、定刻どおりバスを走らせてくれる運転士さん。
お寺の拝観受付や交通整理、道案内をされていた地元の方々。
遠くは横浜や奈良から、滋賀の湖南三山へ参拝していただいた皆さま。
さまざまな出会いとご縁に、感謝します。


◎滋賀と京都の紅葉(2014/11/21~28撮影)
・京都市北部(洛北) :蓮花寺、古知谷阿弥陀寺、大原(三千院近辺)、赤山禅院
・滋賀県東部[甲良町・愛荘町・東近江市]:西明寺・金剛輪寺・百済寺(湖東三山)、永源寺
・滋賀県南部~西部[大津市]:石山寺、三井寺、日吉大社、西教寺
・滋賀県北部[長浜市]:鶏足寺(旧飯福寺)、石道寺
・滋賀県南部[湖南市]:常楽寺・長寿寺・善水寺(湖南三山)、不動寺
・滋賀県東部[東近江市]:太郎坊宮、教林坊

※上記の写真を「NIKON IMAGE SPACE」で限定公開しています。
滋賀京都の紅葉/秋の風景2014
(NIKON IMAGE SPACEにジャンプします)

※提携先のアマナイメージズにて今後掲載(販売)予定です。
寺社の写真はこちら
風景写真はこちら

↑上記リンク先の「この作家を検索」から、他の掲載作品をご覧いただけます。

※写真に関するお問い合わせはメールフォームからお願いします。
※撮影者ホームページ:Jun Kanematsu Photo Works(兼松純写真事務所)


2014年11月18日 (火)

鈴鹿の流れ星9(木地師の里、滋賀県東近江市蛭谷から君ヶ畑を巡る)~近江山河抄の舞台を歩く(71)


日本には、木地師(きじし)と呼ばれる職人がいる。木地師の仕事は、まさに職人技だ。
ろくろと呼ばれる道具を使って木を削り、漆などは使わず木地を磨き、円形の椀や盆などを作る。
木地は5年ほどかけて乾燥させてから使うため、気温や湿度の変化にも強い。

この木地師発祥の地とされているのが、滋賀県東近江市の蛭谷町から君ヶ畑町である。
鈴鹿山系の小椋谷(おぐらだに)と呼ばれる地域で、近年は奥永源寺地域とも呼ばれている。
蛭谷と君ヶ畑には、現役の木地師が一人ずつおられるというので、先日お会いしてきた。

冒頭の紅葉の写真は、蛭谷の木地師・北野さんの工房裏で撮影させていただいたもの。
八日市IC方面から国道421号(八風街道)を経て県道34号に入り、政所、箕川を過ぎると蛭谷だ。
八風街道をそのまま行くと三重県の「いなべ市」とのことで、三重ナンバーの車を時折見かけた。


木地師の歴史は古く、今から1150年以上遡ると言われている。
859年(平安時代)、惟喬親王が蛭谷・君ヶ畑に隠れ住み、ろくろの技術を伝えたという伝承がある。
法華経の巻物のひもを引いたとき、軸が回転するのを見て手引きろくろを作り、里人に教えたという。

惟喬親王は文徳天皇の第1皇子だが、母親の違う弟(藤原良房の孫)との皇位継承争いに遭った。
弟の惟仁親王は皇太子となり、後に即位する。後ろ盾の無い惟喬親王の即位は叶わなかった。
失意の親王が20代で出家して隠棲したのが、小野(滋賀県大津市小野)・京都大原とも言われる。
小野の北には、朽木谷(現・高島市朽木地区)と呼ばれる、やはり木地師の里があった。
その朽木谷の木地師が、故郷の小椋谷へ伝えたのが、惟喬親王の伝承だったとも言われている。

木地師たちは、木材を求めて山を移動する厳しい生活をしながら、全国各地に散らばっていった。
その心の支えや誇りが、惟喬親王が木地師の祖であるという伝承であったことは、想像に難くない。
そして、東北の木地師によって作られたのが、あの有名な伝統玩具の「こけし」である。


蛭谷の筒井神社(写真)の境内奥には、「木地師資料館」がある。
館内には、古文書やろくろのほか、東北の木地師が納めたというこけしが所狭しと並んでいた。
ここで資料を頂いた後、筒井神社の左にある親王塚(伝承)に参拝し、続いて君ヶ畑へ向かった。
県道34号線と別れて、山中を右の道へと進み、しばらく行くと君ヶ畑へ出る。

ご案内頂いた方によれば、小椋谷には九居瀬、黄和田、政所、箕川、蛭谷、君ヶ畑の集落がある。
君ヶ畑の奥には茨川という集落があったが、昭和40年頃に最後の住民が去って廃村となった。
白洲正子さんが「かくれ里」の執筆で小椋谷を訪ねたのは、茨川廃村直後の頃だったらしい。
茨川は最後まで電気が引かれなかった地区で、現在は大学の登山小屋などが数軒あるという。


江戸時代、蛭谷・君ヶ畑には、全国の木地師を統括する役所が置かれていた記録がある。
君ヶ畑の役所は金竜寺に置かれ、惟喬親王が隠棲したという伝承から高松御所と呼ばれた。
写真の金竜寺(高松御所)は京都御所に似た建物で、屋根には皇室ゆかりの菊の紋が見える。
君ヶ畑はもともと「小松畑」という地名で、惟喬親王が隠棲した伝承から「君ヶ畑」に改められた。


君ヶ畑にある、大皇器地祖神社(おおきみきぢそじんじゃ/明治以前は「大皇大明神」)。
金竜寺(高松御所)のすぐそばにあり、木地師の祖神として惟喬親王を祭っている。
明治の初めまでは、大皇大明神の年番神主が、金竜寺住職と共に高松御所の運営に当たった。

ちなみに、木地師を統括する蛭谷の役所は、筒井公文所と呼ばれていた。
その運営に当たったのは、当時筒井峠にあった筒井八幡宮(現在の筒井神社)の神主。
そして、現在の筒井神社の隣にある、帰雲庵(臨済宗永源寺派)の住職だったという。

当時の木地師はいわば流浪の民で、大皇大明神や筒井八幡宮に身分を保障してもらっていた。
神主と住職が役所を運営したというのは、全国の木地師を氏子として統率したということである。
しかし、その影響力は時に軋轢を起こしたようで、役所をなくして欲しいという声も記録に残る。
明治以降、木地師は定住生活を送るようになり、時代の変化と共にその数は激減していく。
蛭谷・君ヶ畑で記録した、全国の木地師の氏子帳(氏子狩)も、明治中期までには途絶えた。


君ヶ畑の集落にて。
君ヶ畑で唯一の木地師、小椋昭二さんの工房を見学し、アトリエで作品を見せて頂いた。
小椋さんの作品は木目を活かした素晴らしいもので、息を呑むような美しさだった。
その後、蛭谷との分岐点(県道34号線との分岐点)まで戻り、筒井峠へと向かう。


県道34号線を進むと、筒井峠の急な山道の先に、惟喬親王御陵がある。
筒井峠にあった筒井八幡宮は麓に下りて筒井神社になり、当地には惟喬親王像が残る。

ところで、親王像の台座の銅版が無いことにお気づきだろうか。
案内してくれた方が、2014年夏に来たときは銅版は確かにあったと、呆然とされていた。
昨今、銅線泥棒のニュースが絶えないが、山中の墓所にまで金属泥棒とは・・・胸が痛む。


惟喬親王御陵の参道を上っていく。
見事な森林に囲まれ、神域特有の幽玄な空気が辺りを包む。


参道の途中には「惟喬親王幽棲之趾」の碑がある。
毎年7月中旬に、この場所で惟喬親王祭が行われているという(東近江市蛭谷町主催)。

道中ずっと案内していただいた東近江市在住の方から、とある興味深い話を伺った。
筒井峠の先には、百済寺(ひゃくさいじ)の奥の院(百済寺甲町)があるというのだ・・・
まさに白洲正子さんの記述と、ぴったり符合するではないか。

小椋谷の入り口の永源寺から、北へ向って行くと、百済寺、金剛輪寺、西明寺が、ほぼ同じ間隔に並んでいる。「湖東三山」とも呼ばれ、近江では指折りの古い寺院である。
・・・
小椋谷へは、今永源寺から、愛知川ぞいに入って行くので、さもその寺と関係がありそうに見えるが、永源寺は比較的新しい寺で、木地師のような大集団が依存するためには、はるかに裕福な寺を控えている必要があった。
・・・
そして、来てみてやっぱりよかったと思う。[百済寺の奥にある百済寺甲という]村の人に尋ねると、峠一つ越えれば、裏は小椋谷の箕川で、歩いて二、三十分しかかからない。木地師が自分たちのひいた器を背負って、この山道を往来した当時の姿が目に浮ぶ。それは地図で見ても、本で読んでも、決してわかる筈のない彼らの生活の歴史であった。

彼らは鈴鹿の谷伝いに、金剛輪寺へも、西明寺へも、多賀大社までも通ったに相違ない。多賀大社で売っている名物のおしゃもじは、その当時の名残りである。
-白洲正子『近江山河抄』「鈴鹿の流れ星」


筒井千軒址。ここにはかつて、多くの木地師が暮らしていたといわれている。
千軒とは人家が沢山あったという意味で、実際に千軒あったわけではないけどね、と案内の方。
それでも、立派な森を見ていると、ここにたくさんの暮らしがあったことが想像できる気がする。
この後、蛭谷の木地師・北野清治さんの工房に寄って、雨に濡れる小椋谷を後にした。

「「5年かけて木地をねかせて、その木地で器を作って、大事に使う」というのは、
「外国のものをどんどん買って経済をまわせ」というのとは、正反対の暮らし方だけれど、
そういう先人の暮らしを私は大切にしてきたいと思います。」
木地師の北野さんがしてくれた話が、ずっと心に残っている。(撮影日:2014年11月1日)


永源寺の紅葉-8

「鈴鹿の流れ星」は、2013年秋に滋賀県東近江市と甲賀市・湖南市を掲載したシリーズです。
このたび、東近江市蛭谷と君ケ畑を撮影する機会に恵まれ、今回は続編として掲載しました。
ご協力いただいた東近江市の皆さま、本当にありがとうございました!
(上の写真は永源寺の紅葉です。)

続いて蛭谷と君ヶ畑のご紹介です。

▼木地師資料館(アクセス)
滋賀県観光情報(びわこビジターズビューロー)
※大皇器地祖神社・金龍寺へのリンクも掲載されています。

▼君ヶ畑の木地師・小椋さんのfacebook
工房の隣にギャラリーがあり、連絡すれば見学できます。
木目を活かした素晴らしい作品で、実物も息を呑むような美しさでした。
※工房のfacebookはこちら⇒ろくろ工房君杢kimimok(きみもく)

▼蛭谷の木地師・北野さんのfacebook
木地師資料館手前の道路沿いにお店があり、体験教室もされています。
11月より作品を「筒井ろくろ」と名づけて活動していくとのお話でした。
※工房のfacebookはこちら⇒木工 きたの

「鈴鹿の流れ星」バックナンバー>>

鈴鹿の流れ星8(紅葉の湖東三山 -百済寺、金剛輪寺、西明寺- を訪ねる)

鈴鹿の流れ星7(滋賀県東近江市:紅葉の永源寺を訪ねる)

鈴鹿の流れ星6(甲賀のかくれ里:油日神社と櫟野寺&油日神社の大宮ごもり)

鈴鹿の流れ星5(甲賀市甲南町:矢川神社、新宮神社、正福寺。忍者の里の知られざる名刹たち)

鈴鹿の流れ星4(甲賀市甲南町:竜法師と瀬古の流星、甲賀流忍術屋敷、嶺南寺)

鈴鹿の流れ星3(滋賀県甲賀市:修験道の山、飯道山に登る)

鈴鹿の流れ星2(滋賀県甲賀市から湖南市:信楽の日雲神社、水口の笠山神社、三雲の上乗寺。倭姫命の伝承と甲可日雲宮続編)

鈴鹿の流れ星1(甲賀市土山町:垂水斎王頓宮跡、倭姫命の伝承と甲可日雲宮、田村神社)


2014年11月11日 (火)

フィッシングメールを受け取ったら(フィッシングメールが来ました)

本日(11月11日)夕方、おかしなメールを受け取りました。

送信元は有名な通信会社を名乗っていますが、使われているのはプロバイダーメール。
しかもタイトルが『【(会社名)】◆重要◆』と、どうも迷惑メールっぽい。

なんだか変だぞと思い、すぐに迷惑メールフォルダーへ隔離。
幸いなことにウイルスはついていませんでした。

調べてみると、その会社の会員制サイトを装ったなりすましメールでした。
「第三者によるアクセスを確認しましたので、登録IDを変更して下さい」という手口です。


▼インターネットウォッチさんの記事に紹介されていました。
NTT西日本の「CLUB NTT-West」をかたるフィッシング再び確認

▼フィッシング対策協議会ホームページ(緊急情報)より。
Club NTT-Westをかたるフィッシング(2014/11/11)

9月5日にも同様の手口が報告されているそうです。
https://www.antiphishing.jp/news/alert/clubnttwest20140905.html


こういったフィッシングメールの場合、どこに通報したらいいのか、調べてみました。

▼フィッシングと思しきメールを受け取った場合は、「フィッシング対策協議会」へ転送を。
https://www.antiphishing.jp/consumer/rep_phishing.html

▼警視庁でも情報提供を受け付けているとのことです。相談窓口もあります。
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/haiteku/haiteku/haiteku406.htm


メールは便利ですが、こういう形で成りすましされると困ったものですね。
知らず知らずのうちに、誰かと誰かの信頼関係を傷つけているのだから。
迷惑メールフォルダーは見ないに限る、とアドバイスしてくれた自営業の先輩を思い出します。


2014年11月 2日 (日)

奥永源寺の紅葉(2014/11/1撮影・滋賀県東近江市蛭谷町)



11月の雨の日は、お日様が恋しくなりますね。
今日は一足早く、山里の紅葉の風景をお届けします。
撮影地は三重県との境に近い、滋賀県東近江市蛭谷町(ひるたに)。
鈴鹿山中の小椋谷と呼ばれる地域で、近年は奥永源寺地域とも呼ばれる、滋賀の奥座敷です。

永源寺ダムから奥永源寺にかけて紅葉が見頃になると、
その"15日後"に麓の「永源寺」が紅葉の見頃を迎えるそうです。
地元の方からそう教えていただきました。

やはり今年は、例年より紅葉の見頃が早くなりそうな予感が・・・
(撮影スケジュールを早めないといけないかも・・・と、ただいま諸事調整中です^^;)

ちなみに滋賀県南部では、街路樹のイチョウや桜の葉が既に紅葉してます。
皆さまのお住まいの地域はいかがでしょうか?


さて、今回の撮影地の蛭谷から君ケ畑にかけては、日本の木地師発祥の地とされています。
木地師とは、ろくろなどの道具を使ってお椀や盆を作る職人さんのこと。

平安時代に政争を逃れた惟喬親王(これたかしんのう・文徳天皇の第1皇子)が
蛭谷・君ケ畑に隠れ住み、当地にろくろの技術を伝えたという伝承があります。

蛭谷と君ケ畑には、現役の木地師さんがそれぞれ一人ずつおられます!
昨日は雨の中を歩いて、そのお二人に会ってきました。
『近江山河抄の舞台を歩く』の中で、後日ご紹介できればと思っています。

▼君ケ畑の木地師、小椋昭二さんがfacebookで作品(写真)を公開されています。
木目を活かした素晴らしい作品で、実物も息を呑むような美しさでした。
こちらでご覧になれます。⇒ろくろ工房君杢kimimok(きみもく)


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