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2014年10月29日 (水)

近江路4(蒲生野の石の寺、石塔寺。蒲生野の写真と共に一挙公開)~近江山河抄の舞台を歩く(70)


滋賀県東近江市に石塔寺という寺がある。古来から蒲生野と呼ばれてきた地域の古刹だ。
蒲生野(がもうの)は、現在の東近江市、近江八幡市、蒲生郡日野町・竜王町辺りに位置する。

東海道とほとんど平行して、東の平野には、近江八幡、八日市、日野などを結ぶ街道が通っている。この辺がいわゆる蒲生野で、外来の文化が色濃く残っている。近江商人発祥の地であるが、商才にたけた帰化人の伝統であろうか、聖徳太子に関する伝説が、至る所に見られる・・・
・・・
天智天皇の二年には、百済が滅び、再び多くの帰化人がこの地に移住した。当時の遺品の一つに、有名な石塔寺の三重塔がある。-白洲正子『近江山河抄』「近江路」


石塔寺(いしどうじ)の石造三重塔。伝承にちなみ阿育王塔(あしょかおうとう)とも呼ばれる。
頂いた資料によれば飛鳥時代(推定)に造られた高さ7.5mの石塔で、花崗岩でできている。
日本最大の石造三重塔であり、石造層塔としては日本最古のものだという(ウィキペディア)。
国の重要文化財に指定されている。




石造三重塔の周りを、無数の五輪塔と石仏が取り囲む。見ていて圧巻の風景だ。
この三重塔は、インドの阿育王(アショーカ王)が作らせた仏舎利塔の一つだという伝承がある。

寺伝によれば平安時代中期(1003年)、比叡山の寂照法師が宋に留学し、宋僧からある話を聞く。

釈迦が亡くなって200年後、インドの阿育王が8万4千の仏舎利塔を作り、世界に撒布した。
そのうちの2基が日本に飛来し、1基は近江国渡来山の土中にあると・・・

寂照法師が手紙で日本に知らせたところ、3年後に播州(兵庫県)の僧・義観僧都が手紙を入手。
義観僧都が一条天皇に奏上した結果、天皇の勅命により塔の探索が行われた。
野谷光盛という武士が山頂に不思議な塚を見つけ、勅使の平恒昌と掘ったところ、塔が出現した。

塔の現れた場所には、400年前に聖徳太子が創建したという伝承を持つ寺があった。
感じ入った一条天皇は七堂伽藍を建立し、寺号を阿育王山(あしょかおうざん)石塔寺と改めた。

実際のところ、石造三重塔は様式から朝鮮半島系の渡来人によって造られたと考えられている。
先程、推定飛鳥時代のものと記したが、奈良時代初めとする説もあるようだ。
それほど長い歴史を持っている寺だからこそ、阿育王の伝承まで出てくるのだろう。
石塔寺は一条天皇の勅願寺となり、最盛期には八十余坊があったといわれている。

私は日本一の石塔だと信じている。朝鮮系の石工が造ったことに間違いはないが、朝鮮にある塔とは微妙な違いがあり、日本の美術品と解してさし支えないと思う。・・・全体の感じが柔らかく、しっとりとして、たとえば高麗の茶碗に似た味わいがある。  -白洲正子『近江山河抄』「近江路」


石塔寺の山門。
拝観受付を済ませると、右脇に山門があって、奥にお庭と本堂がある。
受付の前にある長い石段を上っていくと、山の上に石造三重塔がある。


石塔寺は、応仁の乱と織田信長の焼き討ち(元亀の兵火)により、全焼した歴史を持つ。
それでも、無数の石仏や石塔が、石造三重塔とともに残った。


石塔寺には他にも重要文化財が3つある。2基の五輪塔と、1基の宝塔である。
・写真右・・・宝塔(1302年(正安4年)建立)。
・写真中央・・・五輪塔(1304年(嘉元2年)建立)。
・写真左・・・五輪塔(1349年(貞和5年)建立)。


石造三重塔の奥にも、無数の石仏と石塔が置かれている。石は石を呼ぶのだろうか。
奉納した人の信仰心や、幸せになりたい、心の平安を得たいという思いの深さが伝わってくる。


渋い顔の仏さま。人間味のある表情に親近感が湧く。遠くには石造三重塔が見える。
石塔寺の仏さまは素朴な味わいがあって、見る人を飽きさせない。


お坊さんの姿だろうか。石に二体の仏さまが刻まれていた。
自分の好きな一体を探してみるのもおすすめ。


こちらは石段の脇にてほほえむ仏さま。
撮影させていただいた日は、本当に偶然だが、有志の方が木を切ったり清掃をされていた。
思いがけず地元の方とお話もでき、気持ちのいい撮影となりました。
いつもきれいにしていただいて、ありがとうございます。

▼石塔寺へのアクセス


もよりのバス停は「石塔口」で、近くに「阿育王宝塔道 石塔寺迄十三町」の石柱がある。
この界隈は公共交通機関(電車・バス)の本数が少ないため、石塔寺へ行くのは結構大変だ。
乗換えルートと予定が合わず、当シリーズの実質的な最後の撮影地が石塔寺になった位だ。

公共交通機関で行く方がどれだけおられるか分からないが、ご参考までに書くと・・・
朝の乗り換えがうまくいくには、近江鉄道の桜川駅で8時30分発のバスに乗る必要がある。
このバスは平日と土曜日の運行なので、日曜日は候補から除外した。

桜川駅へ行くには、近江鉄道に乗る以外に、近江八幡駅南口から出ているバスがある。
しかし、土日のバスは始発が近江八幡駅南口8時45分なので、乗り換えに間に合わない。
(平日は近江八幡駅南口8時発の近江バスに乗れば、8時22分に桜川駅に着くルートがある。)

↓そこで今回は・・・

土曜日に近江鉄道の桜川駅で下車し、バスに乗り換えて石塔口で下りるルートを採用。
石塔口でバスを下り、田圃の中の道を直進して石塔の集落に入り、ゆるやかな坂道を歩いた。
バス停から寺まで、行きは徒歩30分弱、帰りは20-25分位かかった記憶がある。

ちなみに帰りは、10時36分石塔口のバスが近江鉄道桜川駅(八日市行き)と連絡している。
金・土・日・祝日は近江鉄道の1日乗車券が利用できるので、そちらがおすすめ。
この日は石塔寺を撮影した後、彦根の近くにある多賀大社(多賀町)を回ることができた。
なお、石塔寺まで車で行かれる方は、寺の前に無料駐車場がある。


こうして念願の石塔寺にたどりついたのが、10月初めの天気のいい朝だった。
「無事に着けば半分は撮れたも同じ」(by筆者)と言うのは、こういうことを言うのかもしれない。


▼近隣で、聖徳太子が創建したとする伝承をもつ寺について

長命寺の石段(鳥居付近)
長命寺(ちょういめいじ/滋賀県近江八幡市長命寺町。西国三十三所第三十一番札所)

◆長命寺の写真を掲載していただいているサイト⇒amanaimages/長命寺参道 石段と鳥居

観音正寺境内から見た蒲生野
観音正寺(かんのんしょうじ/近江八幡市安土町石寺。西国三十三所第三十二番札所)

教林坊庭園-2
教林坊(きょうりんぼう/近江八幡市安土町石寺。紅葉の名所)

紅葉と百済寺
百済寺(ひゃくさいじ/滋賀県東近江市百済寺町。紅葉の名所)

瓦屋寺本堂
瓦屋寺と太郎坊宮(かわらやじ/東近江市建部瓦屋寺町。たろうぼうぐう/東近江市小脇町)


石馬寺(いしばじ/東近江市五個荘石馬寺町。紅葉の名所)

▼付記:その他の蒲生野の古刹について

蒲生野は広い。北は安土から南は水口のあたりまで、西は鏡山から日野のはずれに及び、湖東・湖南の平野の大部分を占めている。
・・・
なるほど地図で見ると、日野町の東の鈴鹿山中に、竜王山という山があり、日野川と佐久良川は、そこから流れ出て、雪野寺[現在は龍王寺]の手前で合流する。その流域には、鬼室(きしつ)神社、綿向神社、石塔寺、苗村(なむら)神社などが点在し、古い歴史の道であったことを示している。帰化人と関係あるらしいことも、私には興味があった。
-白洲正子『近江山河抄』「あかねさす 紫野」


龍王寺(雪野寺跡)(りゅうおうじ/ゆきのでらあと。蒲生郡竜王町川守)

あかねさす 紫野1(蒲生野の額田王の歌ゆかりの地をめぐる。鏡神社・龍王寺(雪野寺跡))~近江山河抄の舞台を歩く(64)


馬見岡綿向神社(うまみおかわたむきじんじゃ/蒲生郡日野町村井)

あかねさす 紫野3(近江日野商人と三方よし、蒲生氏郷と会津若松ゆかりの若松の杜跡、馬見岡綿向神社と日野祭:滋賀県蒲生郡日野町)~近江山河抄の舞台を歩く(66)

◆綿向神社の写真を掲載していただいているサイト⇒amanaimages/馬見岡綿向神社 拝殿

滋賀の天然記念物・日野鎌掛のホンシャクナゲと熊野のヒダリマキガヤ/そして藤の寺(正法寺)、日野祭~滋賀県蒲生郡日野町


苗村神社(なむらじんじゃ/蒲生郡竜王町綾戸)

【滋賀県竜王町/苗村神社三十三年式年大祭(2014年10月11日~13日)】33年に一度の大祭を3日連続撮影⇒特別サイトに写真を100枚掲載しています


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