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2014年10月

2014年10月29日 (水)

近江路4(蒲生野の石の寺、石塔寺。蒲生野の写真と共に一挙公開)~近江山河抄の舞台を歩く(70)

 




滋賀県東近江市に石塔寺という寺がある。古来から蒲生野と呼ばれてきた地域の古刹だ。

蒲生野(がもうの)は、現在の東近江市、近江八幡市、蒲生郡日野町・竜王町辺りに位置する。

 



東海道とほとんど平行して、東の平野には、近江八幡、八日市、日野などを結ぶ街道が通っている。この辺がいわゆる蒲生野で、外来の文化が色濃く残っている。近江商人発祥の地であるが、商才にたけた帰化人の伝統であろうか、聖徳太子に関する伝説が、至る所に見られる・・・
・・・
天智天皇の二年には、百済が滅び、再び多くの帰化人がこの地に移住した。当時の遺品の一つに、有名な石塔寺の三重塔がある。-白洲正子『近江山河抄』「近江路」

 





石塔寺(いしどうじ)の石造三重塔。伝承にちなみ阿育王塔(あしょかおうとう)とも呼ばれる。

頂いた資料によれば飛鳥時代(推定)に造られた高さ7.5mの石塔で、花崗岩でできている。
日本最大の石造三重塔であり、石造層塔としては日本最古のものだという(ウィキペディア)。
国の重要文化財に指定されている。








石造三重塔の周りを、無数の五輪塔と石仏が取り囲む。見ていて圧巻の風景だ。

この三重塔は、インドの阿育王(アショーカ王)が作らせた仏舎利塔の一つだという伝承がある。

寺伝によれば平安時代中期(1003年)、比叡山の寂照法師が宋に留学し、宋僧からある話を聞く。

釈迦が亡くなって200年後、インドの阿育王が8万4千の仏舎利塔を作り、世界に撒布した。
そのうちの2基が日本に飛来し、1基は近江国渡来山の土中にあると・・・

寂照法師が手紙で日本に知らせたところ、3年後に播州(兵庫県)の僧・義観僧都が手紙を入手。
義観僧都が一条天皇に奏上した結果、天皇の勅命により塔の探索が行われた。
野谷光盛という武士が山頂に不思議な塚を見つけ、勅使の平恒昌と掘ったところ、塔が出現した。

塔の現れた場所には、400年前に聖徳太子が創建したという伝承を持つ寺があった。
感じ入った一条天皇は七堂伽藍を建立し、寺号を阿育王山(あしょかおうざん)石塔寺と改めた。

実際のところ、石造三重塔は様式から朝鮮半島系の渡来人によって造られたと考えられている。
先程、推定飛鳥時代のものと記したが、奈良時代初めとする説もあるようだ。
それほど長い歴史を持っている寺だからこそ、阿育王の伝承まで出てくるのだろう。
石塔寺は一条天皇の勅願寺となり、最盛期には八十余坊があったといわれている。

 



私は日本一の石塔だと信じている。朝鮮系の石工が造ったことに間違いはないが、朝鮮にある塔とは微妙な違いがあり、日本の美術品と解してさし支えないと思う。・・・全体の感じが柔らかく、しっとりとして、たとえば高麗の茶碗に似た味わいがある。
 -白洲正子『近江山河抄』「近江路」

 





石塔寺の山門。

拝観受付を済ませると、右脇に山門があって、奥にお庭と本堂がある。
受付の前にある長い石段を上っていくと、山の上に石造三重塔がある。




石塔寺は、応仁の乱と織田信長の焼き討ち(元亀の兵火)により、全焼した歴史を持つ。

それでも、無数の石仏や石塔が、石造三重塔とともに残った。




石塔寺には他にも重要文化財が3つある。2基の五輪塔と、1基の宝塔である。

・写真右・・・宝塔(1302年(正安4年)建立)。
・写真中央・・・五輪塔(1304年(嘉元2年)建立)。
・写真左・・・五輪塔(1349年(貞和5年)建立)。




石造三重塔の奥にも、無数の石仏と石塔が置かれている。石は石を呼ぶのだろうか。

奉納した人の信仰心や、幸せになりたい、心の平安を得たいという思いの深さが伝わってくる。




渋い顔の仏さま。人間味のある表情に親近感が湧く。遠くには石造三重塔が見える。

石塔寺の仏さまは素朴な味わいがあって、見る人を飽きさせない。




お坊さんの姿だろうか。石に二体の仏さまが刻まれていた。

自分の好きな一体を探してみるのもおすすめ。




こちらは石段の脇にてほほえむ仏さま。

撮影させていただいた日は、本当に偶然だが、有志の方が木を切ったり清掃をされていた。
思いがけず地元の方とお話もでき、気持ちのいい撮影となりました。
いつもきれいにしていただいて、ありがとうございます。

▼石塔寺へのアクセス




もよりのバス停は「石塔口」で、近くに「阿育王宝塔道 石塔寺迄十三町」の石柱がある。

この界隈は公共交通機関(電車・バス)の本数が少ないため、石塔寺へ行くのは結構大変だ。
乗換えルートと予定が合わず、当シリーズの実質的な最後の撮影地が石塔寺になった位だ。

公共交通機関で行く方がどれだけおられるか分からないが、ご参考までに書くと・・・
朝の乗り換えがうまくいくには、近江鉄道の桜川駅で8時30分発のバスに乗る必要がある。
このバスは平日と土曜日の運行なので、日曜日は候補から除外した。

桜川駅へ行くには、近江鉄道に乗る以外に、近江八幡駅南口から出ているバスがある。
しかし、土日のバスは始発が近江八幡駅南口8時45分なので、乗り換えに間に合わない。
(平日は近江八幡駅南口8時発の近江バスに乗れば、8時22分に桜川駅に着くルートがある。)

↓そこで今回は・・・




土曜日に近江鉄道の桜川駅で下車し、バスに乗り換えて石塔口で下りるルートを採用。

石塔口でバスを下り、田圃の中の道を直進して石塔の集落に入り、ゆるやかな坂道を歩いた。
バス停から寺まで、行きは徒歩30分弱、帰りは20-25分位かかった記憶がある。

ちなみに帰りは、10時36分石塔口のバスが近江鉄道桜川駅(八日市行き)と連絡している。
金・土・日・祝日は近江鉄道の1日乗車券が利用できるので、そちらがおすすめ。
この日は石塔寺を撮影した後、彦根の近くにある多賀大社(多賀町)を回ることができた。
なお、石塔寺まで車で行かれる方は、寺の前に無料駐車場がある。




こうして念願の石塔寺にたどりついたのが、10月初めの天気のいい朝だった。

「無事に着けば半分は撮れたも同じ」(by筆者)と言うのは、こういうことを言うのかもしれない。


▼近隣で、聖徳太子が創建したとする伝承をもつ寺について

長命寺の石段(鳥居付近)

長命寺
(ちょういめいじ/滋賀県近江八幡市長命寺町。西国三十三所第三十一番札所)

◆長命寺の写真を掲載していただいているサイト⇒amanaimages/長命寺参道 石段と鳥居

観音正寺境内から見た蒲生野

観音正寺
(かんのんしょうじ/近江八幡市安土町石寺。西国三十三所第三十二番札所)

教林坊庭園-2

教林坊
(きょうりんぼう/近江八幡市安土町石寺。紅葉の名所)

紅葉と百済寺

百済寺
(ひゃくさいじ/滋賀県東近江市百済寺町。紅葉の名所)

瓦屋寺本堂
瓦屋寺と太郎坊宮(かわらやじ/東近江市建部瓦屋寺町。たろうぼうぐう/東近江市小脇町)



石馬寺
(いしばじ/東近江市五個荘石馬寺町。紅葉の名所)

▼付記:その他の蒲生野の古刹について

 



蒲生野は広い。北は安土から南は水口のあたりまで、西は鏡山から日野のはずれに及び、湖東・湖南の平野の大部分を占めている。
・・・
なるほど地図で見ると、日野町の東の鈴鹿山中に、竜王山という山があり、日野川と佐久良川は、そこから流れ出て、雪野寺[現在は龍王寺]の手前で合流する。その流域には、鬼室(きしつ)神社、綿向神社、石塔寺、苗村(なむら)神社などが点在し、古い歴史の道であったことを示している。帰化人と関係あるらしいことも、私には興味があった。
-白洲正子『近江山河抄』「あかねさす 紫野」

 



龍王寺(雪野寺跡)(りゅうおうじ/ゆきのでらあと。蒲生郡竜王町川守)

あかねさす 紫野1(蒲生野の額田王の歌ゆかりの地をめぐる。鏡神社・龍王寺(雪野寺跡))~近江山河抄の舞台を歩く(64)


馬見岡綿向神社(うまみおかわたむきじんじゃ/蒲生郡日野町村井)

あかねさす 紫野3(近江日野商人と三方よし、蒲生氏郷と会津若松ゆかりの若松の杜跡、馬見岡綿向神社と日野祭:滋賀県蒲生郡日野町)~近江山河抄の舞台を歩く(66)

◆綿向神社の写真を掲載していただいているサイト⇒amanaimages/馬見岡綿向神社 拝殿

滋賀の天然記念物・日野鎌掛のホンシャクナゲと熊野のヒダリマキガヤ/そして藤の寺(正法寺)、日野祭~滋賀県蒲生郡日野町


苗村神社(なむらじんじゃ/蒲生郡竜王町綾戸)

【滋賀県竜王町/苗村神社三十三年式年大祭(2014年10月11日~13日)】33年に一度の大祭を3日連続撮影⇒特別サイトに写真を100枚掲載しています


 

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2014年10月26日 (日)

「信楽高原鐵道復興応援ウォーク」開催のお知らせ(2014/11/9(日)@滋賀|Aコース:JR甲西駅から20km、Bコース:JR貴生川駅集合→代行バスで紫香楽宮駅、Aコースと合流し10km)☆予約不要☆参加者300名様に記念品プレゼント

 


2013年9月の台風18号により、甚大な被害を受けて運行休止していた信楽高原鉄道(滋賀県甲賀市)。
現在は代行バスが貴生川~信楽間を運行しています。

台風により橋脚や橋桁が流された杣川橋梁(そまがわきょうりょう)が、ついに先日、復旧しました!
2014年10月20日には、杣川橋梁で初めて試験運行が行われています。
そしてついに2014年11月29日(土)より、列車運行が再開されます!

その復興応援ウォークが、滋賀県ウォーキング協会主催で11月9日(日)に開催されます。
主催者様よりチラシをいただきましたので、皆さまにご紹介させていただきます。

☆詳細は下記チラシまたは滋賀県ウオーキング協会(イベント概要)をご覧下さい。

写真は2010年4月、桜の咲く信楽駅にて。
2015年の春はまた同じ風景が見られそうですね!楽しみです。

▼信楽高原鐵道ホームページ
http://koka-skr.co.jp/


 

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2014年10月23日 (木)

土日の朝9時に、京都方面からJR奈良駅へ着くのは意外と大変です

 

他の人が動かない時間帯に、どこかへ行かなければならないとき、
電車の乗り換えに苦労することってありませんか?

ネットの乗り換え案内で調べると、とんでもない(ありえない)行程を提示されることもあります。
ですが、中には思い込みを払拭してくれるような、目からうろこの行程が出てくることも・・・!
今回は、実際に土日の朝に、「目からうろこ」の案内どおりに乗ってみたというお話です。

ちなみに土日の朝9時頃って、京都方面からだと、JR奈良駅へ着くちょうどいい電車が無いのです。
ネットの乗り換え案内を見ると、もっと早い時間帯を提示されて「近鉄奈良駅」から歩くパターンが殆ど。
今回は、そういったオーソドックスな行程は使いませんでした。


上の地図をご覧下さい。
奈良の観光地(奈良公園・東大寺・春日大社など)は「近鉄奈良駅」が断然近いです。

【ご参考までに】JR奈良駅⇔近鉄奈良駅間の移動(距離・徒歩・バス)
・距離は1km強。三条通を歩いて15-20分。
・奈良交通のバスだと3分、210円です(2014年10月現在)。
・奈良交通の時刻表・運賃表はこちらです。

京都から奈良へ行くには、近鉄を使ったほうが、本数もあって、所要時間も運賃もお得です。
(近鉄は特急だと特急料金が必要なので(京都・奈良間は別途500円要)、急行を前提に書いています。)

ところが、近鉄で奈良まで行って、近鉄奈良からJR奈良までバスを使うと、今度は交通費が割高に・・・。
仕事でちょくちょく行くとなると交通費はおさえたいし、日中歩き回るので朝から歩くのはセーブしたい。
そこで、ネットの乗り換え案内で色々調べてみた結果・・・

▼2014年10月の「日曜日」に乗ってみたルートです(朝9時にJR奈良駅が目標)

7:53 近鉄京都
↓(近鉄:近鉄宮津行き)
8:21 三山木

・今まで三山木という駅があるのは知りませんでした。(地元の皆さん、ごめんなさい!)
・三山木(みやまき)は京田辺市にある駅で、興戸(同志社大学の最寄駅)の次の駅です。
・同じ駅舎ではないので、一旦駅を出てロータリーを抜けてまた駅に入る必要があります。
・乗り換え5分はみておいたほうがいいかも。(今回は三山木でトイレに寄る時間的余裕はなかったです。)
・駅のロータリーを朝からダッシュ!他の人が「何だ?何だ?」と見てました^^;

8:27 JR三山木
 
↓(JR:木津行き)
8:39 木津
 

・JR三山木駅で、目の前に女性専用車両が止まったときは、焦りました・・・。
(私も女性なのですが^^;女性専用車両が走っている時間帯に乗ることが少ないのでドキドキします。)
・しかも、室内保温の関係で、ボタンを押さないと扉が開かない車両だったので、焦りました・・・。

・女性専用車両には、仕事が出来て優しそうで美人の、素敵な大人の女性ばかりでした。
(童顔でボサボサ頭の私は、場違いな場所に入り込んだような気分でした。
 男性が気後れして女性に声がかけられないという気持ちが、初めて分かった気がしました。
 たぶん、女性も男性も気に病む必要なんて無くて、自信を持って普通に話ができたらいいんだと思う。
 そんなことをぼんやり考えた、朝の女性専用車両でした。)
・JR木津駅では、奈良線は別のホームにあるので、移動が必要でした。

8:46 木津
↓(JR奈良線)
8:54 JR奈良

▼ちなみに、2014年2月の「日曜日」に乗ったルートです(朝9時にJR奈良駅が目標)

7:24 山科
↓(京都市営地下鉄東西線)
7:38 六地蔵

・そうか、地下鉄で六地蔵まで行って、JR奈良線という手があったか!というルートです。
(但しJR奈良線の本数は多くはなく、六地蔵から奈良まで50分以上かかるのでご注意を。)
・滋賀県から行くと、山科(やましな)は京都のひとつ手前の駅です。
・六地蔵では一旦駅を出て、タクシー乗り場の脇を歩いてまた駅に入る必要があります。
・こちらも乗り換えは5分はみておいたほうがいいかも。

7:47 六地蔵
↓(JR奈良線)
8:40 JR奈良

・このとき撮影した「東大寺修二会(お水取り)前行」「奈良公園の鹿寄せ」などがアマナイメージズで掲載中です。
なかなか見られない風景なので、ぜひご覧下さい。


土地勘のない場所へ撮影に行くときは、こういう下調べが結構効きます。
ほとんどがマイナーな事で、他の人にはどっちでもいいような情報が多いような気もしますが・・・。
ここに書いたことが、奈良へ行こうと考えている方の何かのお役に立てたらうれしいです。

(付記)同じ奈良でも、法隆寺へ行くときは、断然JRが便利です。
なお、京都・滋賀方面からは、土日の朝は「大阪」まで出て大和路快速(JR)に乗ったほうが早いです。
この話はいずれまた、書こうと思います。

写真は平城宮跡にて、鹿の絵柄の通行止めです。よく工事現場で見かける、歩行者向けのあれです。


 

 

 

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2014年10月17日 (金)

【滋賀県竜王町/苗村神社三十三年式年大祭(2014年10月11日~13日)】33年に一度の大祭を3日連続撮影⇒特別サイトに写真を100枚掲載しています

 



(「はじめまして」の方もおられると思うので、)フォトグラファーの兼松です。
普段は滋賀県を中心に、里山や寺社、町並みといった風景写真を撮っています。
よろしくお付き合いください m(__ __)m

さて、数え年33年に一度の大祭が行われると聞いて、10月11日(土)から3日間、
滋賀県蒲生郡竜王町綾戸にある「苗村(なむら)神社」へ行ってきました。

苗村神社は近隣の33ヵ村のいわば総氏神にあたります。
鎌倉時代に建てられた西本殿は国宝!という、とても由緒ある神社です。
その式年大祭は、33ヵ村にちなみ、慶長4年(1599)から33年ごとに行われています。

撮影3日目(10月13日(月・祝))は、台風19号の接近と重なり、ドキドキしました。
33年に一度の行事なので、悩んだ挙句雨の装備をして家を出たところ、竜王町は晴れ!!
上着代わりのレインコートは暑い位でした。とはいえ、稚児行列を撮影してとんぼ帰りしました。
普段なら台風の日は出て行かないのですが、こういうときは本当に悩ましいです。

2日目(10月12日(日))の御渡行列の撮影は、とても印象深いものになりました。
というのも、川守地区や雪野山の麓(竜王寺)には、5月に撮影で伺っています。
そのときは誰もいなかった川守の信号前で、こんなに大勢の人を撮るとは思いませんでした。
苗村神社の氏子の皆さんは、笑顔の素敵な方ばかり!本当にありがとうございました。

NIKON IMAGE SPACEにて、2014年の苗村神社式年大祭の写真を100枚掲載しています。
スマホにも対応していますので、こちらからどうぞ。
(写真編集の際、撮影時間(Exif情報)が変わってしまっている点はご了承下さい。)
NIKON IMAGE SPACE/苗村神社三十三年式年大祭2014

(追記)リンク先サイトは、皆様に「見て」楽しんでいただくために、個人が公共の目的で公開しております。
そのため、コピーや印刷を前提にした利用は想定しておりません。(サイトの仕様上もそうなっています。)
皆様にはご理解の程、お願いいたします。(お問い合わせがありましたので、後日追記しました。)


<三十三年式年大祭と竜王町について>

NIKON IMAGE SPACEでは詳しい説明が書けないので、こちらに付記しておきます。

◆こちらで分かる限りの、踊りと山車の名前です。
・赤い髪が印象的 「狸々踊り」(しょうじょうおどり)-川守地区/「八幡山」(山車)
・紫色のズボン 「コロコロコ踊り」-綾戸地区/「三輪山」(山車)
・少人数で頑張ってくれた 「ケンケト踊り」-駕輿丁地区/「慶龍山」(山車)
・鮮やかな衣装が忘れられない 「山之上長刀踊り(山之上ケンケト祭り)」-山之上地区
・川上地区/「白鷺山」(山車)
・田中地区/「春日山」(山車)

※現場で全部メモできず、写真タイトルでご紹介できなかった踊りがあります。
ご存知の方がおられましたら、お知らせいただければ、泣いて喜びます。



◆こちらは山之上地区ケンケト祭りの踊り子の皆さんです(写真2枚目・3枚目)。
ご覧になってお分かりだと思いますが、古くから海外と交流があったことをうかがわせるものです。
竜王町のある蒲生郡一帯は蒲生野(がもうの)と呼ばれ、万葉集の歌の舞台となりました。
古くから高い文化があった場所で、額田王の「あかねさす 紫野」の歌が詠まれたのも蒲生野です。

◆山之上のケンケト祭りは、国の選択無形民俗文化財の指定を受けていると聞きました。
ケンケト祭りは毎年5月3日、竜王町山之上の杉之木神社で行われているそうです。
http://www.town.ryuoh.shiga.jp/event/ken.html



<撮影日記:撮影の本当の難しさ(写真撮影のマナーについて)>

◇今回の撮影はすべて、一般(個人)として出かけています。
特につてがあるわけでもないので、こういうとき、まあいいかと引っ込めてしまう部分もあります。
撮影の申請をして腕章をして、もっと近くで、特別席から撮れたらよかったのかもしれない。
神事の行われた1日目は、特にそう思いました。
撮影者のマナーの問題などで、年々撮りにくくなってきているのは確かです。

私自身、見知らぬ男性に怒鳴られ、同業者には手をつねられたり、暴言や怖い思いをしたこともあります。
正直に申し上げると、人の多い祭事では、そういう可能性といつも背中あわせです。
(今回はそういったことは一切ありませんでした。竜王町の皆さまには感謝しています。)

撮影しているときは「私は女性だから」と思っていることはありませんが(それどころではないのて)、
残念ながら、言い易い方へと怒りをぶつけてくる人、暴言のひどい人に出くわすことがありました。
そして、優秀で共感力が高くて優しい人が、(男女問わず)耐えられなくてやめていく。
かっとなると暴力・暴言に流れる傾向(風潮)は、非常に危ういというか、最初は信じられなかったです。
これは特定の場や職業に限った話ではなくて、あちこちでいろんな人を見てきた私の感想です。

若い人や女性の活躍について議論されますが、年長者や男性は力の使い方を間違えてはならない。
力や感情(怒り)は意識してコントロールしないと、人を生かしも殺しもする。いじめもそうですよね。
だからこそ、エネルギーは他者への暴力ではなく、建設的で平和な方向へと向けていきたいですね。

私の場合、救いになったのは、この名文に出合ったことでした。
「ひどい事を言われたらすぐ忘れること。なぜなら言った本人は、瞬間的に忘れているから」
http://kunakichi.at.webry.info/201012/article_16.html

◇大多数の男性の名誉のために書き添えると、以前他の人にされたことへの怒りを抱えて、
言い易そうな相手に怒鳴っていると感じる人に、残念ながら出会う確率があるという話です。

実は私自身、見知らぬフリーカメラマン(男性)から暴言や嫌がらせを受けたことがあります。
思い切って周囲に相談したら、助けてくれたのは男性の先輩方でした。

もちろん、可能な限り複数で動いたり、昼間に撮影したり、危ないと感じる場所は避けています。
本当に怖いのは、見知らぬ人に突然怒鳴られて、次の時に思い出して動けなくなることなんです。
誰にも相談できなくて、一人で抱え込んでしまったり、悩みが深くなってしまったり・・・。
特定の分野で女性の撮影者が少なくなっていくのは、こういう点にも理由があるように感じます。

私は、周りに車・自転車・お子さん・沿道の人がいるときはそちらを最優先します。
他の撮影者の正面に立つことは避け、自分のカットが終わったら場所を譲ります。
各地の祭事を見学して、記録として撮影者を置く場合、安全面でも腕章は必要だと感じました。
一定数の人には撮影だときちんと分かって頂けるからです。

この辺りの話については、Wikitravelの「ルールとマナー(写真撮影/撮影テクニックとマナー)」に
本当に良くまとめてあるので、ご参照下さい。マナーに配慮した撮影テクニックも載っています。
ルールとマナー(写真撮影/撮影テクニックとマナー)



◇撮影者として、後ろで見ている人の邪魔になっている可能性は、ずっと気にかけています。

おばあさんやお孫さん、何も言わないけれど、怒鳴ったりしないけれど、
「見えないよ~」と心の中で思っているおとなしい人のこと。私もそういう子供でした。

そういう子供が大人になって、思い切って一歩前に出たらどうなるんだろう。
有名になるとかどうとかではなくて、作品としてきちんととりたい、記録としてきちんと残したい。
だから私自身は、好き嫌いという感覚というよりも、惹かれるものがあるから撮っています。

他方で、子供さんもたくさんおられるので、祭事と肖像権はいつも逡巡しながら撮影しています。
(それゆえ、普段は風景写真や寺社ばかり撮っている面はあるのですが。)
好き嫌いというより、責任感(その時代や場所に居合わせたゆえの)に近いのかもしれません。

色々書きましたが、やっぱり好きなのかな。でも、好き嫌いを越えた先に見える景色ってあると思うんです。
何かに取り組んでいる方は、みなさん、同じような思いを感じておられると思います。

◇3年に一度の大祭ということで、きちんと後世に残していきたい気持ちがあります。
竜王町や苗村神社さんにつてがあるわけでもないので、現段階ではこういう形で発表することにしました。

写っている方がご覧になって、どういうご感想があるかは分かれるかもしれないとも思います。
不都合等ありましたら、出来る限り対応させていただきたいと思っております。

また、ご希望の方には、写真の焼き増しは出来る限り対応したいと思いますが、
地区や有志の方で窓口を一本化していただけると助かります。
メールフォームからお問い合わせ下さい。
(なお、返信に多少のお時間を頂く場合や、内容によってはお返事を差し上げられない場合があります。)
ちなみに、個人のホームページ(プロフィール等)はこちらです。

33年後に今と同じような体力勝負で撮影するのは、おそらく無理なので、本当の一期一会です。
もしも苗村神社の皆さんの、かけがえのない一瞬を写せたならば、撮影者冥利に尽きます。
苗村神社の氏子の皆さま、素敵な笑顔と貴重な機会を、本当にありがとうございました!

最後に、5月に竜王町川守を訪ねた際の写真と、白洲正子さんの文章をご紹介しておきます。
ご関心のある方はぜひご覧下さい。

 

なるほど地図で見ると、日野町の東の鈴鹿山中に、竜王山という山があり、日野川と佐久良川は、そこから流れ出て、雪野寺[現在は龍王寺]の手前で合流する。その流域には、鬼室(きしつ)神社、綿向神社、石塔寺、苗村(なむら)神社などが点在し、古い歴史の道であったことを示している。帰化人と関係あるらしいことも、私には興味があった。
-白洲正子『近江山河抄』「あかねさす 紫野」

 

写真と記事⇒あかねさす 紫野1(蒲生野の額田王の歌ゆかりの地をめぐる。鏡神社・龍王寺(雪野寺跡):滋賀県蒲生郡竜王町)~近江山河抄の舞台を歩く(64)


 

 

 

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2014年10月 8日 (水)

皆既月食(2014年10月8日)/Oct 8, 2014 Total Lunar Eclipse #photo #japan

 



9/9のsupermoon(スーパームーン)に引き続き、本日(2014/10/8)は皆既月食が見られました。
地球の影に隠れた月は、黒ではなく赤銅色に見えるんですね。何とも神秘的でした。
ちなみに次回の皆既月食は2015年4月4日、スーパームーンは2015年9月28日だそうです。
(皆既月食が始まった直後の19時29分、滋賀県内にて撮影)

Total Lunar Eclipse eclipse on Wednesday, October 8, 2014 –Shiga prefecture,Japan.
The Moon hidden in the shadow of the Earth turned a red copper color. So mysterious!
Photography by Jun Kanematsu.


 

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