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2014年9月20日 (土)

伊吹山麓の道、北国脇往還を歩く~花と水辺の風景1(関ケ原の栗の木⇒米原市春照のヒガンバナ)


滋賀から岐阜にかけて、北国脇往還と呼ばれる脇街道があります。
北国街道から中山道への近道で、木之本(滋賀)から関ケ原(岐阜)までの30数キロの道です。

近江(滋賀県)から関ケ原へ抜ける近道として、江戸時代に参勤交代に利用されて栄えました。
この街道沿いには、歴史あふれる美しい集落が残っています。

その宿場のひとつ、藤川(滋賀県米原市藤川)を訪ねるのが当初の予定でした。
藤川へは路線バスが通っておらず、関ケ原から歩いていくことを考えていたからです。
せっかくの機会なので、関ケ原から木之本までを3回に分けて歩いてみることにしました。
(『近江山河抄の舞台を歩く』「伊吹の荒ぶる神」の続編として今後掲載予定です。)

歴史の話を書くと、どうしても花や風景の写真を載せる機会が少なくなってしまうので、
それとは別に、北国脇往還のまちの花や水路の風景を中心に載せてみようと思いました。

実際歩いてみると、消えていた箇所あり、獣道あり、早急に記録に残す必要を感じました。
薄暗い森の中の山道も数箇所あったので、今回はすべて迂回して峠を越えています。
そこで今回は、道標や危険箇所などをまとめた地図を作成して公開することにしました。

伊吹神社でヒルにやられ、寺林ではサルの親子に遭い、姉川で電気柵をまたいで通ったりと、
一部は登山と同じ道中でしたが、大変さを補って余りある壮大な風景に出会うことができました。

「近道」として使われた脇街道だけに、近道ならではの魅力がつまったコースです。
個人的には好きな道です。本物を好む人や、日本好きな外国の人に好まれる道だと感じます。

最近は富士山麓を歩くツアーが人気ですが、こちらは「伊吹山麓ウォーク」です(当サイト命名)。

たとえば、関ケ原を訪ねた人が、関ケ原を基点に古戦場めぐりや中山道ウォークをしてもよし。
北国脇往還を歩いて、春照宿(伊吹山麓)で薬草温泉に入って、伊吹山に登ってもよし。
木之本宿から北国街道を歩いたり、賤ヶ岳の古戦場ウォークをしてもよし。
この関ケ原と木之本を結ぶラインが、北国脇往還です。
観光協会の方が本気になって整備すれば、結構いけるコースだと、個人的には感じています。

冒頭の写真は、関ケ原の古戦場の近くにて咲いていたヒガンバナです。
「関ケ原の合戦」の開戦地に近い場所だったので、鉄砲の音(!)が聞こえていました。
この日は祝日だったので、合戦関連のイベントか何かが開催されていたのかもしれませんね。


関ケ原(岐阜県不破郡関ケ原町)を歩くと、あちこちで古戦場に出くわします。
住宅街から歩いて1分のところに、写真の「島津義弘陣跡」がありました。
関ケ原は、道端の道標やパンプレットなど、古戦場めぐりの案内が充実しています。
これに加えて北国脇往還の案内があると、歩くには本当に申し分ないです。


大きな栗の木。関ケ原町玉にて。
北国脇往還で美濃(岐阜県)に唯一ある宿が、玉宿(関ケ原町玉)でした。
当時は隣の藤川(滋賀県米原市藤川)と二宿で一宿場だったそうです。


悲しいことに、使われなくなれば道は消えます。
玉から藤川までの北国脇往還は、藪に覆われ、もはや歩ける状態ではありませんでした。
この写真は迂回路としてとった車道から撮影しています。まもなく滋賀県米原市に入りました。


黄金色の田圃と雄大な伊吹山。田圃の向こうに集落があり、ようやくほっと一息つけました。
集落と集落の間を抜けるのが、こんなに大変で心細いものだと、身をもって知りました。
往時に北国脇往還を通った旅人の気持ちが、なんだか分かる様な気がします。
藤川の隣、米原市寺林(てらばやし)地区にて撮影。


米原市上平寺(じょうへいじ)にて、趣ある渋い蔵と柿の木。
先ほどの寺林地区とは、県道をはさんで面している集落です。
上平寺は京極氏が居城を置いたところで、「北近江最初の都市」と案内板にありました。
その京極氏も浅井氏の台頭に押され、上平寺城は廃城となりました。

この後、米原市寺林から春照(すいじょう)まで、車道の脇を延々と歩いて峠を越えました。
伊吹山が再び雄大な姿を見せ、畑や民家が見えたときの安堵感といったら・・・。


街道沿いにたくさんのヒガンバナが咲いていました。
春照は北国脇往還の春照宿が置かれ、明治時代には鉄道の駅があったところです。
この日は、伊吹登山口からやって来たバスに乗って、長浜駅まで出て帰りました。
次回は、春照からスタートして長浜市小谷郡上町まで歩いたときの写真を掲載します。
(撮影日:2014年9月15日(月・祝))

◆次回:米原市春照のヒガンバナ⇒姉川のソバ畑を掲載予定。
◆次々回:長浜市野村・八島・湖北町伊部・高月町馬上の水辺⇒雨森のイチョウを掲載予定。

◆今回の行程を地図(Google map)にまとめています。街道歩きにご活用ください。

大きな地図で 中山道(醒井・柏原・関ケ原)と北国脇往還を歩く~滋賀県米原市・長浜市・岐阜県不破郡関ケ原町 を表示


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