« 2013年12月 | トップページ | 2014年2月 »

2014年1月

2014年1月19日 (日)

紫香楽の宮9(山岳信仰の山、田上山に登る<後編:矢筈ヶ岳~御仏河原・富川道>)~近江山河抄の舞台を歩く(60)

 





矢筈ヶ岳(562m)の頂上からの眺め。ここまでの山道に台風18号の影響は殆どなかった。

同じ湖南アルプスの金勝に台風の被害が出ていたので、田上のことが気になっていた。
今回は、滋賀県南部に位置する田上山(たなかみやま)の現状を中心に掲載します。




太神山と矢筈ヶ岳の分岐点にあった看板に、台風の被害状況が掲載されていた。

2013年秋の台風18号により本願谷で土砂崩れがあり、通行止めになっている。
太神山へ向かう東海自然歩道では、道の脇に崩落が一箇所あったが、通行に支障はない。
太神山から矢筈ヶ岳へは普通に歩く事ができた。問題は矢筈ヶ岳の先だった。




矢筈ヶ岳から御仏河原へ向かう山道は、御覧のような倒木が何箇所か見られた。

写真は倒木が数メートルに渡って道を塞いでいた箇所で、下をくぐって通り抜けた。

笹間ヶ岳との分岐点は、道が川になっていた上、がれた道(小岩の上を歩く状態)だった。
笹間ヶ岳はもともと道の状態が良くないので、現状で(特に冬は)おすすめできない状況。
今回は予定通り、御仏河原からそのまま富川道を下った。




御仏河原の「御仏堰堤(えんてい)」。

高さ4.3m、堤長9.6mで明治20年(推定)に造られた滋賀県最古の空石積み堰堤。
緊張して歩いてくると、穏やかな場所にほっとする。しばらくここで休憩する。




御仏堰堤の隣に広がっていたシダ。幻想的な風景が続く。





富川道は沢の水が凍り、道は雪で覆われていた。

沢の脇の岩場を歩いて通り抜ける。岩場も水溜りが凍っていて、注意が必要。




田上山独特の花崗岩に囲まれながら歩く。

この場所の左には川が流れていて、台風18号によると思われる土砂崩れが見えていた。
その後は、がれた道が続き、人の背の高さくらいの陥没箇所が続いていた。
このように、富川道は総じておすすめできない状況。
太神山まで行って同じ道を戻るか、矢筈ヶ岳まで行って引き返すルートをおすすめします。




富川道を下りてきて、再び出会った迎不動(むかえふどう)。





今回のコース。アルプス登山口→不動寺・太神山→矢筈ヶ岳→富川道。


コースタイム(2013年12月末)
9:37天神川2号堰堤付近→10:40泣不動→10:48分岐点→11:20不動寺参道入り口
→不動寺→太神山→不動寺境内で昼食→12:20不動寺出発→12:40分岐点
→13:44矢筈ヶ岳→14:24分岐点(富川道)→15:20天神川沿いの車道に出る

太神山(不動寺)へは、アルプス登山口のほか、新免、信楽から登るルートがある。
アルプス登山口へは、JR石山駅から帝産バス(アルプス登山口行き)で約25分。
新免へは、同じくJR石山駅から帝産バス(田上車庫行き)が出ている。

▼帝産バス石山駅の時刻表
http://www.teisan-qr.com/jikoku/stop/254.php

▼三上・田上・信楽県立自然公園(滋賀県HPへのリンク)
http://www.pref.shiga.lg.jp/d/shizenkankyo/furusato/park/mikami.html




付記:太神山(不動寺)には信楽ルートが残っているという事実の持つ意味について


前回、太神山(不動寺)には信楽から登るルートが残っているという話を書いた。
信楽(滋賀県甲賀市信楽町)は、かつて、聖武天皇が紫香楽宮を置いた場所である。
紫香楽宮を諦めた後、聖武天皇は奈良に平城京を置き、東大寺と大仏を造営した。
奈良の鬼門に建てられたのが、滋賀県栗東市の金勝寺(こんしょうじ)である。
田上山の山続きにある金勝山(こんぜやま)の山中に、ひっそりと寺が建っている。

金勝寺は天平5年(733)、聖武天皇の勅願により、良弁(ろうべん)によって開かれた。
良弁は近江出身で、奈良の大仏を造営した功績で東大寺の初代別当となった僧である。
東大寺の起源は天平5年(733)、若草山麓に創建された「金鐘寺」であるというから驚きだ。
聖武天皇は、信楽に造ろうとした大仏を、東大寺に造っているという経緯もある。

(東大寺の)三月堂は、いわば金勝山の再生であり、
奈良の東山を、金勝山に見立てたぐらいのことは言えると思う。

白州正子さんは『近江山河抄』の中で、持論をそう述べている。
つまり、金勝寺は東大寺の原型になったと思われるような特別な寺なのだ。

金勝寺正面参道と仁王門

金勝寺(写真)と奈良とのつながりは深く、8世紀中頃までに興福寺の仏教道場となった。
弘仁6年(815)、嵯峨天皇の勅願により、興福寺の僧・願安(がんあん)が伽藍を整えた。
その後、比叡山の勢力が入ってきて、平安時代後期には天台宗の寺になっている。

金勝寺の旧正面参道は奈良の方向を向いており、信楽に通じていたといわれている。
ところが、金勝寺の現参道はとても短いもので、かつてのように信楽へ続いていない。
他方で不動寺は、信楽へ続く参道が残っている。この違いはどこから来るのだろうか。

田上山は、藤原京だけでなく、平城京造営に必要な木材を切り出した場所でもある。
金勝寺(金勝山)同様、この地もまた奈良の影響圏にあった。
奈良の影響力が薄れた後、さして離れていない信楽との関係が変化したのはなぜか。

金勝寺は「西の比叡山、東の金勝寺(こんしょうじ)」と言われた湖南仏教の中心地だった。
比叡山が京都の鬼門に当たり、京都を守護するのと対照的である。
官営の寺ゆえに、都が京都に移るに伴い、奈良・信楽との関係も変化したのではないか。

他方、不動寺は、太神山に不動寺を開いたとされる円珍(智証大師)と不動明王を祀る。
民間の信仰は、政治とは関係ないものである。信楽との繋がりは変わらなかったのだろう。
田上不動(不動寺)に対する地元の方の信仰は厚い。この日も参道の掃除をされていた。

小屋谷観音(こやがたにかんのん)

小屋谷観音(こやがたにかんのん)。金勝寺の南、旧正面参道沿いの山中にある。
この写真は分かりやすいように、横倒しになっている石仏を本来の姿で撮影している。
本来はもっと山の上にあって、何かのはずみで旧参道近くの岩の上に落ちてきたらしい。
そのおかげで再び人目に触れるようになった。旧正面参道の守り神だったと考えられている。

旧正面参道の入り口は良弁杉の前にあるが、現在はやや荒れた山道になっている。
地元の方の案内がないと行くのは困難で、あまり知られているコースではない。
小屋谷の先で栗東信楽線(車道)に突き当たるため、道の先が続いているかは不明だ。
その点でも、かつての金勝寺と信楽の関係を彷彿させる、不動寺・信楽ルートは貴重だ。



良弁は僧侶であると同時に、公共工事の親方のような存在であったといわれている。
石山、石部、岩根など、良弁には石と縁のある地名がつきまとうと白州さんは指摘する。
紫香楽宮と良弁の文化圏は、思っている以上に広い。その手がかりは各地に点在している。
田上山は、金勝山と併せて間違いなく紫香楽宮を支えた功労者である。

 



紫香楽の宮の背後には、莫大な勢力と、財産が蓄積されていた。奈良の大仏は、忽然と出現したのではない。三千世界を象徴する毘廬遮那仏(びるしゃなぶつ)の理想は、金勝山を中心とする信仰と、歴史の層の厚みによって、はじめて達成することを得たのである。肝に銘じて、そのことを知っていたのは、或いは良弁と聖武天皇の二人だけであったかも知れない。
-白洲正子『近江山河抄』「紫香楽の宮」

 


▼紫香楽の宮シリーズ バックナンバー
紫香楽の宮1(瀬田川と石山寺)
紫香楽の宮2(奈良平城京の鬼門・金勝寺と狛坂磨崖仏/知られざる金勝の石仏たち)
紫香楽の宮3(かくれ里「金勝」。大野神社から金勝寺里坊、金胎寺から金勝寺へ)
紫香楽の宮4(聖武天皇と良弁僧正ゆかりの寺、安養寺と西応寺)
紫香楽の宮5(青もみじの季節に行く、常楽寺と長寿寺)
紫香楽の宮6(正福寺と廃少菩提寺)
紫香楽の宮7(紫香楽宮跡/宮町遺跡と内裏野地区)
紫香楽の宮8(山岳信仰の山、田上山に登る<前編:不動寺と太神山>)


大きな地図で見る


 

◆バレンタインギフト2014◆(郵便局のネットショップ)

続きを読む "紫香楽の宮9(山岳信仰の山、田上山に登る<後編:矢筈ヶ岳~御仏河原・富川道>)~近江山河抄の舞台を歩く(60)" »

2014年1月15日 (水)

紫香楽の宮8(山岳信仰の山、田上山に登る<前編:不動寺と太神山>)~近江山河抄の舞台を歩く(59)

 





滋賀県南部に位置する田上山(たなかみやま)は、古くから山岳信仰の山として栄えた。

琵琶湖から流れる瀬田川に近く、豊かな森だったため、藤原京の木材として調達された。
それ以降も伐採は続き、江戸時代に禿山に変わったが、明治以降植林が進められている。
所々白っぽく見えているのは、田上山独特の巨岩(花崗岩)。




山道には、岩の間を抜けて歩いていく箇所もある。(写真は太神山にて)

田上山は、太神山・矢筈ヶ岳・笹間ヶ岳・堂山の総称で、巨岩・奇岩が多い。
一帯は金勝山(竜王山・鶏冠山)ともに湖南アルプスと呼ばれ、登山コースになっている。




太神山(たなかみやま)の麓でまず迎えてくれるのが、迎不動(むかえふどう)。

太神山に不動寺を開いたとされる円珍(智証大師)と不動明王を祀る。




今回のコース。アルプス登山口→不動寺・太神山→矢筈ヶ岳→富川道と回る。

2013年秋の台風18号の被害も気になっていたので、山仲間の協力を得て歩いた。
撮影したのは2013年12月の暮れで、どの不動さんにも正月飾りが飾られていた。
天神川に沿って車道を進むと、石のお地蔵さんの左に車止めがあって、さらに進む。
しばらく登っていくと、右手に東海自然歩道の分岐点があって、そこから山道に入る。




岩の間を通り、ひたすら山道を登っていくと、地蔵堂があった。

不動寺は近いと期待したが、ここから先がまだまだ長かった。
言葉を換えれば、太神山全体が不動寺(田上不動)を構成しているような感じだ。
要所要所に不動さんがいて、チェックポイントのようにたどっていく。




次に出会ったのは、苔むした岩に囲まれた神秘的な場所。岩が祀られていた。





泣き不動。

この泣き不動の先に、不動寺(太神山)と矢筈ヶ岳の分岐点がある。
矢筈ヶ岳への道は大丈夫だと、台風18号後に来たハイカーさんが書き残してくれていた。
そのまま不動寺(太神山)へと進む。




ついに、不動寺の参道入り口に着く。信楽から登ってくる道とここで合流する。

信楽から登ってくる道・・・かつて金勝寺の参道が南(信楽)へ延びていたのと同じだ。
後で調べたところ、信楽から不動寺へ登ってくる道は今も使われているということだった。




先ほどの石柱の左に広がっていた風景。不動寺の参道が山中へ続いている。

山中はさらに神秘的な雰囲気となり、途中で、新免地区から登ってくる道と合流した。
写真の参道入り口から20分は歩いて、ようやく不動寺の境内に着いた。




不動寺境内。さらに奥へ続いている。先日の雪で地面は真っ白だった。

写真の建物の周辺には休憩所やトイレがあり、参拝者にとってはありがたい。




趣のある石段を登っていく。





不動寺の大杉と境内社。晴れてきて光が差し込む。木々の奥に石段が続いていた。





岩の上に本堂があるので、清水寺(清水の舞台)のように、木の柱に支えられている。





本堂の前の巨岩には、上部に石仏が彫られていた。





不動寺の内部。現在の本堂は室町時代前期に建てられたもの。

薄明かりの中で、提灯が天井から沢山下がっていたのが、とても幻想的だった。




不動寺の奥の院。





巨岩の間から木が生えている。太神山の三角点(599.7m)は、この岩の裏にある。





本堂から石段を下りてくると、不動寺の大杉が見えていた。

いつまでも健やかに、参拝する人たちを見守っていてほしいと思った。
この後、不動寺の境内にある休憩所で昼食をとって、矢筈ヶ岳へ向かった。(続く)


次回予定:山岳信仰の山、田上山に登る<後編:矢筈ヶ岳~御仏河原・富川道>


▼ご参考に・・・三上・田上・信楽県立自然公園(滋賀県HPへのリンク)
http://www.pref.shiga.lg.jp/d/shizenkankyo/furusato/park/mikami.html


大きな地図で見る


 

 

続きを読む "紫香楽の宮8(山岳信仰の山、田上山に登る<前編:不動寺と太神山>)~近江山河抄の舞台を歩く(59)" »

2014年1月11日 (土)

東北の今を伝える【東北まぐ】2014/1/11号~特集:三陸牡蠣復興支援プロジェクト、かき小屋仙台港、東北便り石巻、お取り寄せ:岩手県より、ウニの炊き込みご飯の素

 

「東北まぐ」は、メールマガジンの配信でおなじみ「まぐまぐ」さんが毎月11日に配信されているメールマガジンです。

巻頭の岸田さんの写真が素晴らしいのと、
このブログの震災関連のバックナンバーへのアクセスが増えているので、
再度ご紹介させていただくことにしました。

この記事は、ご好意により転載させて頂いています。


 

 

 

 


 

 

2014/01/11 ※まぐまぐのサイトで読む

 

 


 

 



東北まぐ
宮城県仙台市荒浜
.

 

 

 

 


はじめに

 新しい年を迎えた東北。三陸沿岸部の取材先で、たくさんの方に2014年の展望をうかがいました。海沿いの神社で出会った青年は「町も完全に復旧してないし、震災特需も終わっちゃったし、決して明るい未来って感じじゃないですよ」と、不安気な面持ちでした。「だからといって、あきらめてるわけじゃないですけどね」と、力強く続ける青年。軽トラックの荷台に腰掛けながら、海に向かってゆっくりと弧を描くとびの姿をを眺めています。「ツイッターとかで東北のことが書いてあったり、観光で遠くから来てくれた人の話しとか聞くと、何か嬉しいですね。あー、がんばろうとか思いますよ」と照れくさそうに微笑みます。

 

 皆さんが、東北へ足をはこぶきっかけとなる事を願って、東北まぐ29号をお届け致します。(岸田浩和)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 
 
 
 
行ってきました東北

三陸かきで世界ブランドを目指す
~三陸牡蠣ノボリ1000本プロジェクト~
行ってきました東北
三陸かきの普及とブランド化を目的に、飲食店へのぼりを配布
 

■羨望を集める「オイスターファーマー」を目指して
 壊滅状態にあった三陸のかき養殖が、徐々に復旧しています。津波により養殖棚や資材を失い、浜の作業小屋や洗浄装置も根こそぎ流されてしまった漁業者が大半でした。かきの生産者は高齢者が多いので、浜から離れた仮設住宅に入居したり、転居などがきっかけで廃業する人たちも少なくありません。それでも、三陸のかきを復興させようと関係者が奔走し、今シーズンは震災前の3~4割程度の生産量に戻ってきました。

 

 仙台市でかきの流通販売会社を営む齋藤浩昭さんも、震災後の三陸かき復活に尽力してきた一人です。震災直後から、「三陸牡蠣復興プロジェクト」を立ち上げ、かきのオーナー制度で生産者支援に乗り出しました。2012年の9月、齋藤さんは生産者と共に、アイルランドのゴールウェイで開催される国際オイスターフェスティバルを訪れました。1954年より続くこのオイスターフェスティバルには、おいしいかきを求めて、世界中から食通が集まる事で有名です。齋藤さんは、想像を越える規模と、熱気溢れる会場の様子に圧倒されます。特に、欧州のかき生産者たちが「オイスターファーマー」と呼ばれ、観客から尊敬と羨望の眼差しを受けている様子に衝撃を受けました。
「かきを中心に、観光と水産を軸にした町の産業が成り立ち、かき生産者がそれにふさわしい報酬を得て暮らせる仕組みが出来ていました」私たちの目指すべき姿がそこにあったと言います。

 

 
 

 



■国境を越え、世界を目指した先人の知恵
 2013年、齋藤さんらは、石巻のサンファンパークで、三陸オイスターフェスティバルを開催します。「複数の生産地に参加してもらい、かきのファンを増やす事が狙いです」と言う齋藤さんは、将来は世界中から三陸に人がやってくるイベントにしたいと考え、オイスターフェスティバルをスタートしました。
 会場のサンファンパークは、齋藤さんにとって、思い入れのある場所です。1613年(慶長18年)、仙台藩主伊達政宗の命を受け、ヨーロッパへ渡った支倉常長(はせくらつねなが)らが出帆した帆船「サン・ファン・バウティスタ号」にちなんだ公園です。この出帆の2年前、東北地方は慶長の大震災に見舞われ、沿岸部が大きな津波被害を受けています。「藩主の伊達政宗は、大打撃を受けた東北を建て直すために、稲作の普及に努めたんですよ」と齋藤さん。それが現在の、米どころ宮城となる土台となり、400年経ったいまもこの地に根付いています。「支倉常長が、このタイミングで木造船に乗り、世界を目指したのは、困ぱいする東北の民衆に勇気を与えようという狙いもあったと思うんですよ」
 齋藤さんは、当時の伊達政宗が稲作による産業の建直しを成功させたように、かきを中心にした水産を目玉に国内外から三陸にお客さんがやってくる流れを作りたいと考えています。「三陸を、世界に誇れるかきの産地にしたい」と願い、海外の優れた養殖技術の導入や、ベトナムで三陸かきを出す飲食店を開業するなど、国境を越えた挑戦を行っています。

 

■かき業界存続の為に
 2013年暮れ、かきのシーズンが始まった矢先に、齋藤さんは衝撃的な新聞の見出しを目にします。「生食カキ価格低迷 出荷調整」という記事は、かき価格の暴落により,宮城の3カ所の産地でかき剥き作業が一斉中止したと伝えています。
 スーパーなどの大手流通は震災後、供給がストップした三陸産のかきの替わりに、他県産のかきを扱い始め、現在も三陸産かきの流通は激減したままです。「一度失った商品の棚は、取り返すのが難しいうえ、原発事故の風評被害もあり、大手流通への販売は非常に厳しい状況」と言います。
 実際に仙台市内のスーパーには、地元宮城産のかきではなく、西日本や海外産のかきばかりが並んでいます。

 

 「せっかく立ち上がった三陸のかき生産者が、このままでは再びかきから離れてしまう」と危機感をもった齋藤さんは、大手流通を介さず直接販売や独自流通が可能な飲食店向けに、販路開拓の可能性を見いだします。
「現状は、飲食店でかきが出ても、お客さんは産地までは分からないんです」と齋藤さん。「お店で食べたおいしいかきが、三陸産だったと知ってもらうのが第一歩」と考え、「三陸産かきがあるお店」と書かれたのぼりを作成するプロジェクトを立ち上げました。のぼりの制作費をクラウドファンディングで集め、地元を中心とした東日本の飲食店に1000本ののぼりを配る計画で、広く協力者を募っています。「一人でも多くのお客さんが、三陸のかきに出会っておいしいと感じてくれる事が、最大の投資です」という齋藤さん。「アイルランドでのオイスターフェスティバル見た光景―――世界中の人々が、かきを食べる為にそこに集う夢のような光景を、20年後に三陸で実現させますよ」
(岸田浩和)

 


 

 

 




行ってきました東北
フランス式のかき養殖を試験導入する取り組みもスタート。樹脂製の採苗器(奥)を使うと、従来のホタテの貝殻(手前)を使った養殖よりも、作業性が向上しかきの形状も揃う
 
行ってきました東北
「宮城のかき生産量は、震災前の3~4割まで回復してきたが、消費が低迷し価格下落に繋がっている」と齋藤さん
 
行ってきました東北
かきの水揚げ(提供写真)
 
行ってきました東北
石巻の飲食店に配布されたのぼり(写真提供)
 

 

ツイートする

Information
三陸牡蠣PR実行委員会
住所:仙台市青葉区一番町2-7-12-8F
株式会社和がき内
電話番号:022-395-5641

 

三陸牡蠣ノボリ1000本プロジェクト
https://readyfor.jp/projects/sanrikukaki

 

三陸牡蠣復興支援プロジェクト
http://sanriku-oysters.com/

東北マップ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 
 

東北だより

 新年明けましておめでとうございます。
 さて、みなさんにとっての2013年はどんな年だったでしょうか?新しい年を迎えてしまいましたが少しだけ私たちにとっての2013年を振り返ってみたいと思います。
 

 



 みんなの経済新聞ネットワークでは恒例行事なのですが、年末に昨年1年間のページビュー(PV)ランキングを見直して一本の記事にまとめました。年間PV1位はボランティア出身の若者が日本料理店を石巻の商店街にオープンさせた記事でした。Facebookのいいね数も900を超えるなど、高い反響がありました。

 

 また、石巻経済新聞を運営するISHINOMAKI 2.0のメンバーが始めた新しい事業もランクイン。女性建築家の天野美紀さんが開いたレストラン「日和キッチン」は築100年の木造建築を改修して、石巻の「おウチごはんとジビエ料理」をテーマに和食から鹿カレー、手作りベーグルなど幅広い料理を提供しています。夜行バスで石巻についた人の朝ごはんから、夜のバー営業まで着実にファンを増やしています。

 

 そして、2.0の原点とも言える料理店の「松竹」がランチ営業を再開したことも嬉しいニュースでした。店舗のすぐ目の前に北上川が流れる松竹は津波で大きなダメージを負いましたが、お弁当や惣菜販売など足を止めることなく走り続けてきました。満を持して本店でのレストラン営業の再開。経営者の阿部久利さんは2.0の共同代表でもあります。

 

 その他にもロックフェス「東北ジャム2013」や自転車ロングライドイベント「ツール・ド・東北」の初開催など、今後も続いていくようなビッグイベントが始まった年でもありました。

 

 ISHINOMAKI 2.0が今年掲げる目標は「世界で一番面白い街を作ろう」。すでにたくさんの面白い場所が生まれつつある石巻、震災から4年目を迎える2014年はどんな1年になるでしょうか。世界で一番面白い街がつくられていく過程を、今年も石巻経済新聞でお伝えしていきたいと思います。

 

 今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

 



「おウチごはんとジビエ料理」をテーマにした日和キッチン。早朝の「朝ご飯」営業が、夜行バス利用者に人気
 

旧北上川沿いの「松竹」本店が待望の営業再開。写真は、人気のランチ営業メニューから

 

ツイートする

Information
石巻経済新聞
http://ishinomaki.keizai.biz/

 

一般社団法人ISHINOMAKI 2.0
http://ishinomaki2.com/v2/aboutv2/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 
 
 
 

~かき小屋仙台港~ 木村壮さん
三陸かきのファン増加が願いです!と、店長の木村さん
 

 店に入ると、巨大な冷蔵ケースにぎっしりと積み上げられたから付き牡蠣の山が目に飛び込んできました。今朝、牡鹿半島で揚がったばかりの、新鮮な大粒のかきです。大型テント4張りが繋がった店内には、130席分の木製ベンチと炭火焼きコンロがずらりと並んでいます。今シーズンは食べ放題で、大人一人2,500円のメニューがメインです。炭火コンロを囲むように配置された席につくと、店長が山盛りのかきを抱えてこちらに来てくれました。

 

「お客さんが多い日は、1日で1万個ちかく出る日もあるんですよ」と話してくれたのは、店長の木村壮さん(31)。地元石巻から、毎日1時間かけて通っているそうです。
 
 

 



 金網の上に豪快に殻付きのかきを並べて行くと、まだわずかに海水にぬれたかきの表面が炭火で熱せられ、かすかな磯の香が漂ってきました。熱を逃がさないように金属製の大きなふたをかぶせて、炭火でじっくりと焼き上げること6分。殻がぱちぱちとはぜる音を聞く頃には、かきの口が開いてきます。網にすっぽりとかぶせたふたを外すと、中からワッと湯気がたち上り、焼き上がったかきのこうばしい香が瞬く間に広がります。

 

「かきは、同じ三陸でも産地によって味が違うんですよ」と木村さん。湾の地形や生態系の違いで海水に含まれる栄養分も異なるため、育った牡蠣の味にも変化が生まれるそうです。また、スーパーで流通する生食用のかきは、滅菌用の海水に浸けたり殻を外してむき身で洗うため、海水のミネラルやかきの旨味成分がいっしょに流れてしまうそうです。かき小屋で提供されるかきは、加熱して食べるのでむき身で洗浄する必要がありません。木村さんも「かき本来の旨味がぎゅっと詰まった、浜の味が楽しめますよ」と太鼓判を押してくれました。これから2月、3月にかけて、かきが一番おいしくなる季節です。

 

 震災後、壊滅状態にあった三陸のかき。養殖設備や処理場が、漁業者や支援者の熱意でようやく徐々に復旧してきたところです。一方で、震災後の流通問題や風評被害による売上げの伸び悩みなど、問題は山積みです。「仙台からのアクセスが近いうちの店で、まずは一度、三陸のかきを食べてみてください」と木村さん。「おいしいと思ってくれたなら、かきの産地に思いを馳せて欲しいですね」と話します。
 店内に掛る大漁旗を背に、スタッフの方が笑顔で見送ってくれます。ひと際大きく手を振る店長の木村さん。「とにかく、かきのファンが増えて欲しいと言うのが私の願いです。興味を持ったお客さんが、産地を訪れたり、他のかき小屋を回ってくれることで、三陸のかきに携わる人たち全員の力になりますから」(岸田浩和)

 




 

 

 


牡鹿半島で水揚げされたばかりのかきを、炭火で豪快に焼き上げます!
 

おいしいかきの焼き方を説明したシートがあり、はじめてでも安心。調味料の持ち込みも自由なので,お好みの味で楽しんでください
 

 

ツイートする

Information
かき小屋仙台港
住所:宮城県仙台市宮城野区蒲生字耳取189
(仙台港土地区画整理事業地内 仙台冷蔵倉庫 斜めむかい)
電話番号:022-254-5640
営業時間:AM11:00~PM4:00
(シーズン中は無休)
http://kakigoya.jp/info_sendaiko.html

 


東北マップ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
今月のお取り寄せ
 

 


今月のお取り寄せ
食欲をそそる豪華なパッケージも良いですね。

今月のお取り寄せ
ふっくらとしたウニがたっぷり入っています。
  ゴチまぐ!編集部
イチオシの理由は?

 新年あけましておめでとうございます。
 今年最初の「今月のお取り寄せ」ということでちょっと豪華に、ウニの炊き込みご飯をご紹介します。

 

 岩手県水揚の新鮮なウニを使った一品。岩手のウニというと昨年は朝ドラのあまちゃんでも話題になっただけに期待も高まります。

 

 ということで早速お取り寄せしてみました。

 

 作り方はお米と混ぜて炊飯器で炊くだけ。非常に簡単なのでお料理が苦手な人でも失敗なく作れます。

 

 炊飯器を空けた瞬間に感じられるのが芳醇な磯の香り。実に食欲をそそります。

 

 ウニのふっくらとした食感とお出汁を吸い込んだご飯は、一口食べただけで幸せを感じること間違いなしです。

 

 お米2合に対し、ウニもまんべんなく入っており満足できるはず。ぜひ一度お試しください。

 

ツイートする


お問い合わせ
・三陸釜石 元気市場

http://hamayuri.net/products/detail.php?product_id=124

 

 

 

 

 

 

 

 
【東北まぐ】 2014/01/11号 (毎月11日発行)
ツイートする
まぐまぐ!はオフィシャルメールマガジンをお届けすることによって
無料でメールマガジンを配信するシステムを提供しています。

ご意見&ご感想はこちらから
 

 

 
 
編集 岸田浩和
取材 :岸田浩和、関裕作
製作 :本村彰英
表題写真 :岸田浩和
 
発行元 株式会社まぐまぐ
配送技術 株式会社アットウェア
 
「まぐまぐ」は株式会社まぐまぐの登録商標です
株式会社まぐまぐは、プライバシーマーク認定企業です
【東北まぐは、転載、複写、大歓迎です。】
まぐまぐ

 

 

 

 

東北まぐバックナンバーはこちらから(管理人の別サイトへジャンプします)

↓この下には@niftyによる広告が入ります。


続きを読む "東北の今を伝える【東北まぐ】2014/1/11号~特集:三陸牡蠣復興支援プロジェクト、かき小屋仙台港、東北便り石巻、お取り寄せ:岩手県より、ウニの炊き込みご飯の素" »

2014年1月 8日 (水)

幕末古写真ジェネレーターを使ってみました(手順を写真で掲載しています)

 


先日、PC環境を変えた際に調べ物をしていたら、面白いサービスを見つけました。
デジタル写真を、簡単に古写真風に変えてくれるというものです。
実物を出すのが一番分かり易いので、元旦に撮影した写真を変身させてみます。


町屋が残る大道町界隈(浮御堂~妙盛寺に続く道・本堅田1丁目)



電線と電信柱がなければ、幕末だと言っても分からないかも・・・



堅田大宮こと伊豆神社(本堅田1丁目)



あまりにもリアルなので、本物の古写真と間違われそうで・・・心配です^^;
人物の写真なら、幕末の志士や坂本竜馬の雰囲気になるので、お試しあれ。

Oldphoto3
先日UPした、鏡餅の写真もこの通りです。

 



幕末古写真ジェネレーターはお手持ちの写真をアップロードすれば、どんな写真でも幕末の古写真風にしてくれるサービス。やけにリアルな古写真(風)になります。
-スマホ版の幕末古写真ジェネレーター公開しました(瑠璃色Tradition -和の暮らしを楽しむブログ- )

 


上記の説明文は、瑠璃色Traditionさんのブログより、ご好意で引用させていただきました。
2013年秋には、スマホ版の幕末古写真ジェネレーターが公開されています。
スマホの方もぜひ使ってみて下さいね。
加工した写真はそのままツイッターやフェイスブックにも載せられます。


幕末古写真ジェネレーター -写真が江戸〜明治時代の古写真に!
http://labs.wanokoto.jp/olds
(スマホで見るとスマホ版が、パソコンで見ればパソコン版が開きます)


<使い方>手順を写真で掲載してみました。英語版の紹介を冒頭に入れてあります。













また面白いサービスやソフトを見つけたら、ご紹介します(o^-^o)

↓この下には@niftyとグーグルによる広告が入ります。
↓「Download」と出る広告は記事とは無関係ですので、ご注意ください。


 

続きを読む "幕末古写真ジェネレーターを使ってみました(手順を写真で掲載しています)" »

2014年1月 6日 (月)

新年のご挨拶(招き猫とともに)

 




明けましておめでとうございます。

2014年最初の一枚は、かわいい招き猫の乗った鏡餅の写真を掲載してみました。
この鏡餅は市販のもので、高さ8cmくらいのミニサイズです。
猫がしっかり蜜柑を抱えながら、福を招いてます。

今年は三が日の後に土日が続いたので、初詣に行かれた方も多かったかもしれませんね。
元旦に堅田へ伺ったら、浮御堂や光徳寺の前で、地元の方に次々お会いして驚きました。
特に約束もしないで、懐かしいお顔に次々とお目にかかれたのですから、すごいことです。

私はこのお正月から、WindowsをXPから7に完全移行させる作業をしてました^^;
Windowsといえば、ついに2014年3月でXPのサポート終了。寂しい限りです・・・
さすがに動画の製作がきつかったので、Win7のPCと併用していましたが、メインはXPでした。
XPでなければ使えないソフトもあり、長い間使ってきたPCでした。
この機会にソフトを新しいバージョンにしてみたり、データを移動させたり、まさに引越しです。

今年は、こんな風に少しずつ環境を変えて、新しいことに挑戦していこうと思っています。
皆さまにとって、良い一年でありますように!


 

 

 

 

続きを読む "新年のご挨拶(招き猫とともに)" »

« 2013年12月 | トップページ | 2014年2月 »

2020年8月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想

東日本大震災の記事を御覧の皆さまへ

このブログのご案内

  • ご訪問ありがとうございます♪

  • 風景写真家、アマナイメージズ契約作家。故郷滋賀の里山や寺社、各地の知られざる風景を撮影して歩いています。2007年12月から琵琶湖畔の町・堅田の写真を更新してきた写真ブログです。

  • ▼公式ホームページ(堅田を初めとする風景写真・自然写真を掲載しています) junphotoworks.com

    フェイスブックへのリンクは下記をご利用下さい。応援ありがとうございます!



  • Copyright(C)2007-2015.
    兼松 純(Jun Kanematsu)

    写真に電子透かしを使用しています。

    当ブログに掲載されている写真・画像・文章・イラストの無断複写、転載等の使用および二次使用を禁じます。
    No reproduction or republication without written permission.

    ■当ブログ掲載写真は、地域の方に楽しんでいただく作品発表の場として、2007年より掲載してきました。2014年には、祭事写真のために筆者(兼松)が書いた解説文を専門家が新聞コラムに無断使用する事態があり、弁護士相談の上で関係者各位に申し入れを行いました。 判断に迷うときは、事前にお問い合わせいただきますようお願いします。

    ■2014年春からアマナイメージズに作品の一部を預けています。 WEBに掲載していない作品もございますので、詳細はお問い合わせ下さい。

連絡先/Contact

ホームページへのリンク

堅田の町のご紹介

お気に入りサイト・ブログ

無料ブログはココログ