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2013年12月 2日 (月)

近江路2(東近江のかくれ里:紅葉の瓦屋寺と太郎坊宮)~近江山河抄の舞台を歩く(53)

紅葉の瓦屋寺
滋賀県東近江市にある瓦屋寺(かわらやじ)は、紅葉の隠れた名所として知られている。
湖東平野のほぼ中央に位置する箕作山(みつくりやま)の中腹に、ひっそりと寺が建つ。

瓦屋寺の由緒
瓦屋寺の由緒。
聖徳太子が四天王寺を建立した際、当地で瓦を焼き、瓦屋寺を建立したという伝承がある。
瓦屋寺は寛平3年(891)に東大寺の末寺となるが、16世紀末に兵火で焼失し荒廃したという。
江戸時代初期に香山祖桂和尚によって再興され、現在は臨済宗の寺になっている。

瓦屋寺の不動明王
境内の入口脇の庭園には、不動明王が祀られている。
瓦屋寺へは、近江鉄道の八日市駅から延命公園を抜け、寺に続く車道を歩くルートをとった。
駅から寺まで徒歩で約1時間。地元の方にご案内頂き、箕作山を縦走しながら撮影となった。

なお表参道から瓦屋寺へ登る場合は、駅から20分歩くと登り口で、1250段程の石段を登る。
車で行く場合は、寺の前まで車道があり、駐車場もある。太郎坊宮からも車で行ける。

瓦屋寺の石畳
石畳をたどって、境内に入っていく。一面の紅葉が迎えてくれる。

瓦屋寺本堂
入母屋造りの茅葺屋根の本堂。建立は延宝年間(1672年頃)。

瓦屋寺の磐座
境内のあちこちに磐座があり、古代から信仰の対象とされてきた。
麓の延命公園には古墳群があり、この地が長い歴史を持つことを伺わせる。

瓦屋寺境内のお地蔵さん
境内のお地蔵さん。こちらもかなり古いもののようだ。
時間が止まっているかのような、悠然とした空気の境内を後にして、太郎坊宮へと向かう。

東海道とほとんど平行して、東の平野には、近江八幡、八日市[注:現・東近江市]、日野などを結ぶ街道が通っている。この辺がいわゆる蒲生野で、外来の文化が色濃く残っている。

・・・聖徳太子に関する伝説が、至る所に見られるが、それは四天王寺を建立した際、帰化人の秦氏が協力したからで、近江で木材を調達したり、瓦を焼いたりした。八日市の太郎坊宮の山つづきには、瓦屋寺と称する寺院があり、広々とした境内に、茅葺屋根の本堂が建っている。今は禅寺に変っているが、推古の寺はいつまでも推古の面影を失わないのはおもしろい。

・・・私は太郎坊の行きずりによってみたのだが、思いもかけず美しい白鳳の瓦を見、たった一枚の瓦にも、ずしりと重い手応えを感じた。-白洲正子『近江山河抄』「近江路」

太郎坊宮へ続く参道
太郎坊宮へ続く参道と合流する。

太郎坊宮鳥居
太郎坊宮(たろうぼうぐう)は、正式名を阿賀神社(あがじんじゃ)という。
聖徳太子が瓦屋寺を創建した際、霊験を得て創建されたと伝えられる。
後に最澄が社殿・社坊を献じたといわれ、天台山岳宗教や山岳信仰の霊地となった。
修験者の守護神とされたのが「太郎坊の天狗」で、神社の守護神となっている。

太郎坊宮の紅葉
祭神は天照大御神の第一皇子で、勝運の神である「正哉吾勝勝速日天忍穂耳命」。
(まさかあかつかちはやひあめのおしほみみのみこと)
なんとも長い名前の神様だが、勝運の神として厚い信仰を持つ。

レスリングの吉田沙保里選手のご家族も、太郎坊宮の「勝守」を買っていかれたと宮司さん。
同じ話が2013/5/21の読売新聞に掲載されていたので、このブログでもご紹介しておきます。
お寺と神社とその物がたり~第4部 勝運を授ける~<最終話>太郎坊宮(東近江)

太郎坊宮の御神体
太郎坊宮の御神体は、巨岩である。

太郎坊宮の夫婦岩
向き合うようにして立つ夫婦岩。悪心ある者が通ると挟まれるという伝承がある。
もちろん、そんな怖い岩ではなく、夫婦和合や縁結びのご利益もしっかりある。

昼食(持参した弁当)を食べた後、太郎坊宮の龍神社の脇からハイキング道へ入る。
箕作山(372m)、小脇山(373.4m)を縦走。

箕作山系
箕作山系・小脇山の麓から撮影。あの山のてっぺんから見た風景がこちら↓

繖山
北に位置するのが、安土の繖山(きぬがさやま、別名・観音寺山)。
佐々木六角氏の居城・観音寺城跡があったところで、観音正寺のある山だ。

西の湖
繖山の西側。写真中央に西の湖、奥に奥島山(長命寺周辺)、琵琶湖、そして比良山系。

湖東平野
蒲生野と呼ばれる湖東平野が、眼前に広がっていた。


小脇山城跡
小脇山城跡。
箕作山には佐々木六角氏の支城・箕作山城があり、天然の要害だったことが伺える。

岩戸山十三仏の近くにあったお地蔵さん
岩戸山十三仏の近くにあったお地蔵さん。

岩戸山十三仏のお堂と巨岩
岩戸山十三仏のお堂(※普段は非公開)と巨岩。紅葉が美しい。

岩戸山十三仏:聖徳太子が瓦屋寺を建てた際、この山並みに金色の光を発する岩をみつけ、
その岩肌に爪で十三仏を掘り込んだという伝承を持つ。

三界神
参道まで降りていく途中、「三界神」と言う名の奇岩を見た。

岩戸山十三仏参道にて
参道にはお地蔵さんが立ち並び、写真のように一箇所に置かれている所もあった。

岩戸山十三仏参道の竹林
石段の道が続いた後、最後は竹林の中の山道になる。麓が近い。
舌切り雀のお宿ってこんなところだっただろうか、などと想像しながら下っていく。


麓におりたら、水を張った田んぼの中に、白い雲と青空と山が浮かんでいた。
安土も美しいところだったが、その南の箕作山麓もまた、とても美しいところだった。
この後「万葉の郷ぬかづか」まで歩いて、休憩後、市辺駅まで歩いて帰途に着いた。
(撮影日:2013年11月23日)

▼箕作山麓のハイキングマップはこちらで配布されているので、ご紹介します。
みつくり山わくわく通信(清水・小脇街づくり委員会)

▼安土の繖山を歩いたときの記録はこちらに掲載しています。
沖つ島山4(安土の繖山:桑実寺、観音寺城跡と観音正寺/付記:観音寺城関連リンク集)

次回:沖つ島山8(石馬寺)の予定です。


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