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2013年11月 2日 (土)

比良の暮雪7(滋賀県高島市安曇川町:彦主人王御陵・田中神社・玉泉寺の石仏)~近江山河抄の舞台を歩く(42)

滋賀県では、2013年9月の台風18号で、安曇川の南にある鴨川(高島市鴨)が氾濫した。
鴨川氾濫の被害の半数近くが、南鴨地区に集中したと伺っている。

南鴨に近い宿鴨地区には、鴨稲荷山古墳と、高島市歴史民俗資料館がある。
今回は安曇川出身の中江藤樹の話だけ書くこともできたが、一緒にご紹介したかった。
被災地としてではなく鴨に行きたくて、1ヶ月以上待って、10月末に撮影に伺った。

鴨稲荷山古墳も、高島市歴史民俗資料館も、普通に見学できた。
天皇橋から鴨川に沿って歩き、安曇川町の藤樹書院跡まで行くこともできた。
そのことをまず記して、出会った方々に感謝しながら、安曇川のご紹介から始めたい。

田中王塚古墳(彦主人王御陵、高島市安曇川町)
琵琶湖の西側に位置する高島市安曇川町には、継体天皇ゆかりの遺跡が数多く残る。
第26代継体天皇(在位507- 531年)は、高嶋郷三尾野に生まれ、5歳のときに父を亡くした。
母の故郷・越前国高向(福井県坂井市丸岡町高椋)で育てられ、57歳のとき即位したという。
写真は、父である彦主人王(ひこうしおう・ひこうしのおおきみ)の墓と伝わる田中王塚古墳。

玉泉寺の石仏(高島市安曇川町)
安曇川を歩くと、神秘的で知られざる貴重な文化財に、次々と出会った。
玉泉寺の石仏は室町時代後期の作で、鵜川四十八体仏と同時期と推定されている。

神代文字の石(高島市安曇川町)
安曇川駅に近い、北出地区の安閑神社境内にあるのが「神代文字の石」。
絵画とも文字とも判別のつかない陰刻を残し、古くから神代文字の石として伝えられている。
同じ安曇川町の三尾神社旧跡には神代文字書「秀真伝」40巻が伝わっており、興味深い。
なお、安閑神社の祭神は安閑天皇で、継体天皇の第一皇子である。

陽明園の龍(高島市安曇川町)
陽明園のあづまや(陽明亭)の天井(高島市安曇川町)
安曇川といえば、近江聖人・中江藤樹を生んだ土地として知られている。
藤樹先生が広めた陽明学の本場・中国から贈られた「陽明園」が、道の駅のそばにある。
陽明園のあづまや(陽明亭)の天井は、御覧のとおりの美しさだった。

藤樹書院跡にて、五事を正す(高島市安曇川町)
藤樹書院跡に掛けてあった言葉。強く印象に残る言葉だった。
上小川から青柳地区にかけては、藤樹神社や記念館、墓所などが集まっている。

※今回は、安曇川駅起点に反時計回りで一周した行程(約13km)の、前半を掲載。
正午に陽明園へ到着することを目標に、安曇川駅から庄堺まではバスを利用している。

庄堺バス停の向こう側(高島市安曇川町)
五番領、十八川道、三重生(みおう)・・・。
8時35分に安曇川駅から乗った朽木行きのバスは、印象的な名前のバス停を通過していく。
庄堺を訪ねたのは、彦主人王の陵墓と伝わる田中王塚古墳を訪ねるためだった。
地名やバス停の名前は、まるで神話の世界を髣髴させるもので、期待が膨らんでいく。
6分後、庄堺バス停で下車。写真の田んぼの向こうは安曇川、そして、饗庭野演習場方面。

安曇川の撮影は後日にして、南へと歩き出す。すぐに三重生神社‎の社寺林が見えてきた。
三重生神社(安曇川町常磐木)は、継体天皇の両親(彦主人王と振姫)を祭神とする神社だ。

三重生神社の石造宝塔(高島市安曇川町)
三重生神社の本殿裏にある、鎌倉時代後期の石造宝塔。
この後、至る所で石造宝塔を見ることになった。

安産もたれ石(高島市安曇川町)
三尾神社旧跡案内板(高島市安曇川町)
常磐木から298号線を南へ行くと、山道の入口に「安産もたれ石」(写真右側)がある。
彦主人王の妃・振姫(ふりひめ)が、継体天皇を出産した時もたれたという伝承がある石だ。
一帯は三尾神社の旧跡で、振媛は三尾の社の拝殿を産屋として三つ子を安産したという。
このときの第三子が、後の継体天皇である。

山中の緩やかな坂道をしばらく登っていくと、車道と合流する。
そこが彦主人王御陵の参道の前だった。

田中王塚古墳の森(彦主人王御陵、高島市安曇川町)
田中王塚古墳案内板(彦主人王御陵、高島市安曇川町)
正面の森が、彦主人王御陵こと、田中王塚古墳。
「田中山古墳群」を構成する最大の古墳で、地元では「王塚」又は「ウシ塚」と呼ばれる。
直系58mの帆立貝式古墳(または円墳)と考えられており、築造は5世紀と推定されている。
5世紀といえば、彦主人王の時代と一致する。宮内庁が管理する陵墓参考地になっている。

田中36号墳(高島市安曇川町)
田中山古墳群(高島市安曇川町)
王塚古墳のすぐ下にあったのが、田中36号墳。築造時期は6世紀末と考えられている。
平成19年に発掘調査が行われ、現在は埋め戻されているということだった。
歩けば古墳に出会った小野(大津市小野)を思い出す。

田中神社拝殿の彫刻(高島市安曇川町)
田中神社境内(高島市安曇川町)
田中神社は大字田中郷の総氏神で、清冽な境内がとても印象的な神社だ。
田中36号墳の道路向かいにあって、社務所の裏から境内に入ることができる。
先程の三尾神社は、大正4年12月5日に田中神社内の摂社・三尾神社として遷座している。

田中神社(高島市安曇川町)
田中神社の石造宝塔数基(高島市安曇川町)
田中神社の階段脇には、見事な石造宝塔が数基、置かれてあった。
由緒などは何も書かれていなかったが、かなり古いものであることは間違いなかった。
この辺りに石の建造物が多い理由は、田中神社の長い参道の隣にある玉泉寺で知った。

高島市安曇川町
玉泉寺は天平年間に行基が開いたと伝わる寺院で、古い石仏と石造宝塔・層塔がある。
今回の2つ目のお目当てが、この玉泉寺の石仏だった。

玉泉寺の石仏、右から撮影(高島市安曇川町)
玉泉寺の石仏。室町時代後期の作で、鵜川四十八体仏と同時期と推定されている。
丸彫の五智如来で、向かって左から阿弥陀如来、薬師如来、大日如来、弥勒仏、釈迦如来。
中央に大日如来が配置するのは天台密教思想の反映といえると、案内板に記されていた。

中世、西方浄土に最も近いところと思われていたのが、ここ阿弥陀山の山麓周辺だったという。
そのため、玉泉寺などに今も石造の建造物や石仏群が数多く見られるということだった。

玉泉寺の石造層塔と石造宝塔(高島市安曇川町)
写真中央の「五重の石造層塔」、その左の「石造宝塔」ともに、鎌倉時代の作。
宝塔は台座の格狭間に二茎蓮の「のし結び」が陽刻され、湖西地方の特徴を表す。

町石とお地蔵さん(高島市安曇川町田中)
田中の交差点から、安曇川駅の方向に向かっていくと、「町石」とお地蔵さんに出会った。
町石は寺院等の参道に一町ごとに建てられた道標で、これは室町時代のものだとある。

田園風景(高島市安曇川町田中)
安曇川町田中から、比良山地の方向を見ている。
比良山地の西と北を流れる川が安曇川で、比良山地の南東は琵琶湖になる。
広々とした風景を目にして、ようやく安曇川の町に来た実感が湧いてきた。
次に目指すは、鴨稲荷山古墳と歴史民俗資料館がある、高島市鴨。

次回:比良の暮雪8(高島市安曇川町&鴨:神代文字の石、鴨稲荷山古墳、中江藤樹)
※安曇川町南市→北出→高島市鴨→安曇川町上小川→青柳を掲載予定です。

参考:高島歴史探訪ガイドマップ 継体天皇関連遺跡を歩く(滋賀県高島市)
高島遺跡散策マップ-安曇川地域編-(高島市教育委員会、2010年)


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「比良の暮雪」バックナンバー(撮影地:大津市北部、高島市)
比良の暮雪6(近江高島:白鬚神社、鵜川四十八体石仏群、大溝城跡、乙女が池)
比良の暮雪5(小野から近江高島へ。JR湖西線の車窓の風景と、近江の厳島「白鬚神社」)
比良の暮雪4(小野後編:曼陀羅山古墳群・和邇大塚山古墳)
比良の暮雪3(小野中編:小野妹子神社(唐臼山古墳)からゼニワラ古墳、曼陀羅山古墳群)
比良の暮雪2(小野前編:小野神社、小野篁神社、石神古墳群、小野道風神社)
比良の暮雪1(比良八講(2013年3月26日撮影))


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