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2013年8月 6日 (火)

伊吹の荒ぶる神2(中山道・柏原宿から醒井宿を歩く~後編:柏原一里塚から醒井「居醒の清水」とバイカモの花)~白洲正子「近江山河抄」の舞台を歩く(34)

柏原一里塚(復元)
中山道・柏原宿から醒井宿を歩く~後編は柏原一里塚(滋賀県米原市柏原)から掲載。
写真は柏原一里塚(復元)。江戸日本橋から数えて115番目の一里塚だという。
街道を挟んで北塚と南塚があったというが、両者とも現存しない。

一里塚とは、大きな道路の側に1里(約3.927km)毎に旅行者の目印として設置した塚をいう。
榎などの木が植えられ、木陰で旅人が休息を取れるように配慮されていた。

一里塚が全国的に整備されるようになったのは、江戸時代だったという。
1604年、家康の命を受けた受けた秀忠が、東海道・中山道・北陸道から設置に着手した。
工事現場の総監督はすべて大久保長安が行ない、10年ほどで完了した。
(参考:wikipedia(一里塚)

柏原宿の松並木
中山道柏原宿の道標
柏原宿の松並木。松並木の下には、石の道標。仲井町集会所を過ぎたあたりで撮影。

夏の田んぼと山に挟まれた一本道(滋賀県米原市柏原)
柏原の集落を抜け、夏の田んぼと山に挟まれた一本道を行く。どこか懐かしい風景。
平行して走っている内側の農道は出口が封鎖されていたので、歩く方はこちらの道をどうぞ。

白山神社(滋賀県米原市)
しばらく行くと、道の右側に白山神社がある。気になるが、先が長いので前を通過する。

柏原宿・長沢(旧中山道分岐点)
柏原宿・長沢(ながそ)。旧中山道は右側の山の中。中山道に合流する左の車道を進む。
この先すぐのところで、右側の山の木の枝が変な動きをするので、警戒したら、猿が一匹いた。
猿も驚いて逃げていった。

林の中を抜ける(滋賀県米原市)
地蔵堂-1(滋賀県米原市)
林の中を抜けると立派な地蔵堂があった。この後、たびたびお地蔵さんに出合う。

中山道柏原宿の松並木より1.3kmの道標
石の道標。梓の街道並び松(古木)は12本で、ここより0.9kmと、左側の石に書いてあった。
柏原宿の街道並び松は6本で、ここより1.3kmとある。冒頭の松並木から1.3km進んだらしい。

地蔵堂-2(滋賀県米原市)
マンションと治療院のある一角に地蔵堂があった。
この辺りで道は中山道(名神高速の側道になっている)と合流する。

河内」の道標(滋賀県米原市)
マンションの前の横断歩道を渡ると、「河内」の道標。醒井宿へは右へ進む。
ちなみに京極氏の猪鼻城(河内城)へは、名神の高架をくぐって(直進)1.7km。
八講師城跡へは、左へ4.2km。ちょうど左へ歩いていく若い男性2人とすれ違った。
最近は同世代の人も、登山や町歩き、城歩きを楽しんでいるようで、うれしくなる。

この後、中山道は名神高速の側道区間が続き、一色の集落に入るまでひたすら歩いた。
後で地図を見ると、一色交差点手前の喫茶店周辺まで、集落内に道が平行して走っている。
側道に沿って梓河内の集落があるので、中の道を歩いたほうがいいかもしれない。

八幡神社のお地蔵さん(滋賀県米原市一色)
一色の交差点で中山道は名神と離れ、静かな集落に入る。喉がからからに渇いていた。
すぐに八幡神社があり、お地蔵さんが迎えてくれた。神社の入口で、しばし休憩。

佛心水(滋賀県米原市一色)
一色集落の「佛心水」。かつて中山道を通る人々の喉を潤したという。
後ろは東海道本線で、この辺りから醒ヶ井駅まで、中山道とほぼ平行して走っている。
醒井は近いと思ったが、ここからまだ少し距離があった。


ついに中山道醒井宿。醒井東の交差点の手前で中山道と分かれ、宿場の中へ入る。
写真の道標はその分岐点にある。商店街の続く一本道(旧中山道)を進む。
醒井は中山道の61番目の宿場として栄え、町中を清らかな水が流れる「水の町」だ。

居醒の清水(滋賀県米原市醒井)
滋賀県米原市醒井の「居醒の清水」。平成の名水百選にも選ばれている。
古事記や日本書紀にも登場し、ヤマトタケルノミコトが傷を癒すために用いたとされる湧水だ。
隣の白い石は「蟹石」と呼ばれている。看板のあたりから清冽な水がこんこんと沸いていた。

居醒の清水周辺-1(滋賀県米原市醒井)
醒井以外にも「居醒の清水」と言われている場所はいくつかある。
伊吹の神と対決し意識朦朧となったヤマトタケルノミコトは、居醒の清水で正気を取り戻す。
しかし病の身となり、弱った体で大和を目指して、能煩野(三重県亀山市〉で亡くなった。
ヤマトタケルノミコトの行程からすると、醒井は若干遠回りになるということになるらしい。

加茂神社(滋賀県米原市醒井)
居醒の清水の前に、加茂神社がある。

居醒の清水周辺-2(滋賀県米原市醒井)

イブキ、イブクという言葉は、息を吹くことを意味するから、霧の多い伊吹山に、古代の人々は、神のいぶきを想ったに違いない。そのいぶきに当って、日本武尊は命を落した。
・・・
『古事記』では、「居寝(ゐさめ)の清水」と呼び、大蛇も白猪になっているが、ともに伊吹山に住む原住民族を象徴したものに違いない。山頂からは、石器が多く出土しており、毒草をぬった石矢が、氷雨となって降りかかったのであろう。現在、その清水は、醒ヶ井の町中の、神社の前を流れているが、ここも名神高速道路に分断され・・・だが、清冽な泉は滾々と湧き出ており、・・・神社の後ろには、道路をへだてて神体山らしいものも望める。
・・・
このあたりを領した息長(おきなが)氏の祖先には、水依媛という人物がおり、水が豊富な伊吹山の周辺に、多くの水神が祀られたのも不思議ではない。・・・もしかすると、息長氏に助けられたのが、そのような伝説となって残ったのではあるまいか。尊の妃の一人は息長氏で、その一族が祀った水神と結びついたとも考えられる。
-白洲正子『近江山河抄』「伊吹の荒ぶる神」

地蔵川(滋賀県米原市醒井)
居醒の清水を源流とする地蔵川。絶滅危惧種の魚・ハリヨと、バイカモの花で知られる。
ハリヨとバイカモは、どちらも清流でしか見られない。地元の方が保全活動をされている。

バイカモの花(滋賀県米原市醒井)
バイカモ(梅花藻)はキンポウゲ科の水生多年草で、初夏から秋にかけて白い花が咲く。
醒井は町中をきれいな水が流れているので、いろんな場所でバイカモを見ることが出来る。
観光協会の方によれば、バイカモの見ごろは6月から8月末とのこと。
行けばほぼ花が見られる場所が、醒井宿資料館(問屋場)前の地蔵川。ご参考に。

地蔵川沿いの家々と観光客(滋賀県米原市醒井)
バイカモの花と清流に涼を求めて、地蔵川沿いには多くの観光客が集まる。

十王水(滋賀県米原市醒井)
十王水(地蔵川)。
平安中期の天台宗の高僧・浄蔵法師が諸国遍歴の途中、水源を開いたと伝えられる。
近くに十王堂があったことから、十王水と呼ばれるようになったという。

町を流れる地蔵川の清流(滋賀県米原市醒井)
醒井の町を流れる地蔵川の清流。手前の黄緑がバイカモ。

旧醒井郵便局局舎(滋賀県米原市醒井)
旧醒井郵便局局舎。
堅田教会を手掛けたウィリアム・メレル・ヴォーリズ(William Merrell Vories)が設計。

1915年に建設され、1973年まで郵便局として使用されていた。
1階は展示室になっていて、休憩所として無料開放されている。(2階展示室は有料。)
場所は醒ヶ井駅から徒歩3分のところにある。この日もたくさんの人が利用していた。
(撮影日:2013年7月28日)

ところで醒井といえば、醒井養鱒場(さめがいようそんじょう)で知られる。
2010年5月、地元の方のご案内で、醒ヶ井駅から丹生川に沿って養鱒場まで歩いた。
実はこの辺りは、「三蔵法師」の故郷と言われている。

養鱒場の先に、鈴鹿山脈の「霊仙山」(りょうぜんざん)という標高1,094mの山がある。
この山麓に生まれて僧になり、日本で唯一、三蔵法師の称号を受けた人物がいる。
霊仙といい、最澄や空海とともに唐に渡り、才能を高く評価されて唐に留まって亡くなった。
先ほどヤマトタケルノミコト(居醒の清水)の箇所で出てきた、息長氏の出身と伝わっている。

霊仙を称えた「霊仙三蔵記念堂」が、2004年3月に醒井養鱒場の近くに建てられている。
2010年に記念堂の中を撮影させていただいたので、次回、番外編としてご紹介します。

次回:伊吹の荒ぶる神3(水のまち醒井から木彫りの里・上丹生へ。醒井渓谷、霊仙三蔵記念堂、西行水といぼとり水)の予定です。


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(追記)

滋賀県教育委員会の埋蔵文化財活用ブックレットに、この地域のことが詳しく出ています。
後から気がついたので、リンクを追記しておきます。ご参考になさってください。(2013年9月10日)

埋蔵文化財活用ブックレット2(近江の山寺2)
霊仙山と松尾寺の文化財(PDF:1,976KB)


埋蔵文化財活用ブックレット9(近江の城郭7)
京極氏遺跡群 -京極氏館跡・上平寺城址・弥高寺跡-(PDF:2,704KB)


埋蔵文化財活用ブックレット17
東海道をめぐる攻防-米原・醒井・柏原をめぐる-(PDF:2,422KB)


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