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2013年6月13日 (木)

近江路1(東海道水口と大池寺)~白洲正子「近江山河抄」の舞台を歩く(25)

水口神社参道の松並木
「東海道は、草津で中山道とわかれて南下するが、一番はじめにくる主要な町が水口
(みなくち)である。」(白洲正子『近江山河抄』より)


白洲さんはこの後、水口での松尾芭蕉のエピソードを紹介している。
芭蕉の代表作『野ざらし紀行』の道中の出来事である。最初にご紹介したい。

水口にて二十年を経て故人に逢ふ
命二つの中に生きたる桜かな (野ざらし紀行)


「貞観二年、芭蕉は伊賀の故里に帰っていたが、京へ上る途中、ここで二十年ぶりに旧友と出会った。故人というのは、服部土芳のことである。彼は所用で播磨におもむいていたが、伊賀へ帰国した時、芭蕉はすでに立った後で、急ぎ後を追い、水口の宿で追いついた。」

「友達といっても、彼は芭蕉よりずっと年下で、師匠と思って尊敬していたのであろう。
心をわけ合った二人の間に、ぱっと咲いた花が目に見えるようだ。
その時、土芳は、同じ句をもって返したと聞くが、何もいえなかった、気持がよくわかる。」

「十七字の中に、これほど多くの感情を盛り込んだ句を私は知らないが、
旅の途中でなかったら、ここまで切迫したものにならなかったかもしれない。
それが近江でよまれたことも、偶然ではなかったような気がする。」

5月の弁天池(滋賀県甲賀市水口町名坂)
「水口の北には、聖徳太子の建立による大池寺という寺があり、緑したたる丘陵の間に、
建つ姿は、旅人の姿をひく。」(白洲正子『近江山河抄』より)


貴生川駅より甲賀市コミュニティバス(広野台ルート)に乗車約30分。大池寺バス停で下車。
バス停の傍の土手を登ると、弁天池という名の大きな池があった。

池は一面に水をたたえ、奥には古い鳥居が沈んでいるのが小さく見える。
神域の森が深々と広がり、池の水面には森が濃い影を落としていた。
土手にはやわらかな草地が続き、まるで宮崎駿さんのアニメの世界のようだ。

八幡神社へ続く橋と弁天池(滋賀県甲賀市水口町名坂)
橋の向こうにあるのは八幡神社で、八幡神社の境内の脇に大池寺の駐車場がある。
その先は導かれるように山中へ道が続き、視界がぱっと開けたところに大池寺がある。

大池寺は、天平年間(729~784)に行基が開いた寺と言われている。
行基といえば、奈良の大仏・東大寺建立に尽力した奈良時代の高僧だ。

伝承によれば、行基は諸国行脚でこの地(現在の滋賀県甲賀市水口町名坂)を訪れた。
その際、日照りに悩む農民のため、灌漑用水として「心」という字の形に4つの池を掘った。
中央に寺を建立し、一彫りごとに三拝したという「一刀三礼の釈迦丈六坐像」を安置した。

大池寺庭園-1(5月の頃)
「現在は禅宗の寺になっているが、書院の奥には目ざめるような枯山水の庭があり、
小堀遠州の作と伝える。」


大池寺庭園-2(6月、サツキの咲く頃)
「白砂をしきつめた中に、つつじの刈込みが変化のある起伏をみせており、
見ようによっては近江の遠山とも、湖水に横たわる竜神のうねりのようにも映る。」
(白洲正子『近江山河抄』より)


蓬莱庭園と呼ばれる大池寺庭園は、5月下旬から6月にかけて咲くサツキで知られる。
とてもシンプルな庭園で、白砂は海を、つつじ(サツキ)の刈込みは波と宝船を表している。
中に七つの石と小さな刈込があって、七宝と七福神を象徴しているという。

大池寺庭園-3(亀島)
その名も「亀島」。頭の部分は石で、甲羅は刈込みで表す亀。庭園の縁先右側にある。

今回は、5月22日と6月11日の2回に分けて撮影させていただいている。
かくれ里のようなロケーション、禅宗のお寺ということもあって、とても落ち着く空間だった。
ご住職の話では、今年(2013年)のサツキの開花は例年より1週間ほど早いとのこと。
2013年のサツキの刈込みは6月20日とも伺った。花を御覧になりたい方はお早めに。

水口城-1
水口城。徳川家光が上洛する際の宿舎として築城された。別名・碧水城(へきすいじょう)。
水口は東海道五十三次の50番目の宿場町だが、宿場町の面影はほとんど残っていない。
冒頭でご紹介した水口神社参道とともに、江戸時代の雰囲気を残す貴重な場所といえる。

水口城-2
水口城跡は、現在、水口城資料館になっている。

水口城跡案内板
水口城の工事を行なったのが、作事奉行の小堀遠州だった。
大池寺の庭園も、前回ご紹介した教林坊の庭園も、小堀遠州の作と伝わっている。

小堀遠州。湖北の小堀村(現・滋賀県長浜市)の出身で、本名は小堀 政一(まさかず)。
安土桃山時代~江戸時代前期の人で、豊臣秀長(秀吉の弟)、秀吉、徳川家康に仕えた。
茶人、建築家、作庭家。備中松山藩2代藩主、のち近江小室藩初代藩主にもなっている。
この時代の人らしい、ダイナミックで、多才で、エピソードの多い人物である。
※詳しくはこちらをどうぞ⇒小堀政一(ウィキペディア)


6月の弁天池(滋賀県甲賀市水口町名坂)

弁天池のスイレンの花(滋賀県甲賀市水口町名坂)
再び、大池寺の弁天池にて。スイレンの花が咲いていた。
5月に来たときは、池の一部でスイレンが咲き始めたばかりだった。
同じ場所に通って、移りゆく季節を知るのは、撮影していて一番幸せな事かもしれない。

次回:日枝の山道3(旧竹林院~山の辺の道~西教寺)の予定です。


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大池寺ホームページ
http://www.sunalix.co.jp/daichiji/


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