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2013年5月11日 (土)

紫香楽の宮2(奈良平城京の鬼門・金勝寺と狛坂磨崖仏/知られざる金勝の石仏たち)~白洲正子「近江山河抄」の舞台を歩く(19)

金勝寺正面参道と仁王門

滋賀県栗東市の山中に、奈良の都を守護するために建てられた寺がある。
平城京の鬼門(北東)に位置しており、寺は奈良を向いて建てられている。
その事は、殆ど知られていない。

この地は「西の比叡山、東の金勝寺(こんしょうじ)」と言われた湖南仏教の中心地だった。
比叡山が京都の鬼門に当たり、京都を守護するのと対照的である。

木造仁王立像(金勝寺仁王門)

天平5年(733)、聖武天皇の勅願により、良弁(ろうべん)によって金勝寺は開かれた。
良弁は近江出身で、奈良の大仏を造営した功績で東大寺の初代別当となった僧である。

金勝寺と奈良とのつながりは深く、8世紀中頃までに法相宗興福寺の仏教道場となった。
弘仁6年(815)、嵯峨天皇の勅願により、興福寺の僧・願安(がんあん)が伽藍を整えた。
その後、比叡山の勢力が入ってきて、平安時代後期には天台宗の寺になっている。

金勝寺の文化圏は、大津市から栗東市、湖南市、甲賀市と広範囲に及ぶ。
金勝寺、石山寺、常楽寺、長寿寺など、近江南部には良弁によって開かれた寺院が多い。
金勝寺の山続きに信楽(甲賀市信楽町)があって、聖武天皇が作った紫香楽宮の跡がある。
聖武天皇は、信楽に大仏を造ろうとして断念し、奈良に大仏を造っている(東大寺大仏殿)。

金勝寺仁王門

金勝寺とその周辺には、奈良や京都のような、きらびやかなものは残っていない。
現在私たちに見えているのは、寺と石仏が点在する状態で、つながりが見えにくい。
だから、地理的・歴史的なものを理解しないと、本当の金勝寺の姿は伝わらない。

白州正子さんは、そのあたりを含めて、「近江は日本の楽屋裏」と評しているように感じる。

どうすれば伝わるのか。構成に悩んで、金勝寺には麓から徒歩で二度訪ねた。
その後、良弁ゆかりの寺を四つ訪ねてみた(西応寺、安養寺、常楽寺、長寿寺)。
構成に悩んだのは、この地が文化財の盗難に多く逢っていることも影響している。

金勝寺本堂(再建に至らず、約400年前の仮堂の姿)

紫香楽の宮1(石山寺) で書いたが、平城京造営に必要な木材は近江から運び出された。
木を切り出した田上山(たなかみやま)は禿山になって、明治以降も植林が続けられている。
その田上山の山続きにあるのが、金勝寺のある金勝山(こんぜやま)である。

金勝山は阿星山(あぼしやま)・龍王山(りゅおうざん)・鶏冠山(けいかんざん)の総称で、
今回ご紹介する磨崖仏や石仏は、龍王山周辺に点在するものを2日かけて訪ね歩いた。

ご案内いただいた栗東市の皆さまに、深く感謝申し上げます。

狛坂磨崖仏,Komasaka Stone Buddha (Ritto city,Shiga prefecture,Japan)

狛坂磨崖仏(国史跡)。金勝山中の狛坂寺跡にあり、初期統一新羅の作風を持つ。
制作年代不明で、奈良時代後期の作とも平安時代から鎌倉時代にかけての作とも言われる。

高さ6.3m・幅4.5mの花崗岩の磨崖面に、如来坐像を中尊とした3尊が刻まれている。
像高は3m。周囲には12(9+3)体の仏像が半肉彫りされている。
狛坂(こまさか)は渡来人に由来する地名といわれ、慶州の磨崖仏と近似が指摘されている。

このエキゾチックで美しい仏様には、上桐生バス停から山道を2時間かけて出会えた。

先日、金胎寺というお寺で、白州さんもこの磨崖仏を見るために同じ道を歩いたと聞いた。
白州さんは金胎寺から歩いて金勝寺を訪問した後、日を改めて狛坂磨崖仏を訪ねたという。
このあたりは『近江山河抄』というより、『かくれ里』に関するよもやま話になってくる。

狛坂寺跡の石仏

狛坂寺跡。女人禁制だった金勝寺の結界の外に建立されたのが狛坂寺だった。
狛坂寺縁起によれば、嵯峨天皇の皇后が託した千手観音像を願安が安置したのに始まる。

願安(がんあん)は奈良の興福寺の僧で、金勝寺の中興の祖と言われる。
弘仁6年(815)、嵯峨天皇の勅願により、金勝寺を寺として整えたのが願安だった。

金勝寺が官営の寺として栄えたのに対し、狛坂寺は善男善女の参詣で栄えたという。
永正12年(1505)に炎上するも、天保10年(1839)に再建。
明治維新のときに本尊が盗難に遭い、所有山林が上地となったことも相まって廃寺になった。
現在は石垣が残るのみ。

以下はすべて、白州さんの『近江山河抄』には登場しない石仏。

小屋谷観音(こやがたにかんのん)

小屋谷観音(こやがたにかんのん)。金勝寺の南、旧正面参道沿いの山中にある。

花崗岩の巨石に彫られた如来坐像で、鎌倉時代に彫られたという。座高は100.5cm。
石仏が天を仰いだ格好になっていて、写真の右側(石仏の右手)が上部になる。
そのため本来はもっと山の上にあって、旧正面参道の守り神だったと考えられている。
この写真は分かりやすいように、横倒しになっている石仏を本来の姿で撮影している。

旧正面参道は奈良の方向を向いており、信楽に通じていたという。
現在の正面参道はとても短いものだが、旧正面参道の入り口は良弁杉の前にある。
現在はやや荒れた山道になっており、地元の方の案内がないと行くのは困難。
小屋谷の先で栗東信楽線(車道)に突き当たるため、道の先が続いているかは不明。

泣き地蔵

泣き地蔵。高さ2.8m・幅4.4mの花崗岩に、釈迦、薬師、阿弥陀如来3尊が刻まれている。
昔は大変な思いをして参拝したのだろう。泣きながら参拝したというのが名前の由来との事。
場所は金勝山県民の森のそばだが、こちらも地元の方の案内がないと行くのは困難。

茶沸観音

茶沸観音。金勝寺へ続く尾根筋にある、自然石をくりぬいた阿弥陀如来像。
昔ここで参拝者に湯茶の接待が行なわれていたのが、名前の由来だという。
鎌倉時代の作と言われている、かわいらしい観音様である。ハイキングコースの途中にある。

重ね岩と如来坐像

重ね岩。金勝寺へ続く尾根筋にある、花崗岩が重なっている奇岩(写真右)。
岩の表面(写真左)に、線刻の二体の如来坐像が掘られている。室町時代の作と言われる。

金勝寺傍示石

金勝寺傍示石。「寸ぐ金勝寺是より十五丁 左大とり志がらきえ」と刻まれた道標。
ここは大鳥居(地名)・信楽へ至る信楽道の峠で、金勝寺へ上る東参道と交差する場所だった。

傍示石は江戸時代末期のものと言われていて、上部に地蔵坐像が浮き彫りになっている。
道の駅から林道を金勝寺方向へ入ってすぐのところにあり、この中では一番行きやすい。

金勝寺正面参道と仁王門(遠景)

金勝寺正面参道と仁王門。
次回は白洲さんの『かくれ里』に書かれたコースをたどって、再び金勝寺へ。

紫香楽の宮3(大野神社、金勝寺里坊、金胎寺から金勝寺へ)へ続きます。

金勝山の地図[PDF]
金勝山ハイキングコース情報(栗東市観光物産協会)


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