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2013年4月18日 (木)

日枝の山道1(日吉大社と山王祭)~白洲正子「近江山河抄」の舞台を歩く(14)

山王祭・花渡り式-1

山王祭は、「山王さん」の総本宮、日吉大社で毎年4月12日~15日に行なわれる神事だ。

男女の神様が結婚して、子どもが産まれるというストーリーで、山王祭は行なわれる。
期間が長い上、神事がたくさんあるので、今回は「花渡り式」を撮影することにした。
花渡り式は神事の合間に行なわれる華やかな行列で、13日の午後1時から行なわれる。

山王祭・花渡り式-2

花渡り式は、御子神のご出産を祝うための行列と伝えられている。
武者姿の稚児たちが、造花で彩られた大指物を引いて参道を練り歩く。


稚児役の子供さんのお父さんが、正装して隣を歩く。その周りを若衆がついていく。
何組もの稚児と大指物が、互いの距離をあけながら、ゆっくりと参道を登っていく。

山王祭・花渡り式-3

満開の桜と、花渡り式の造花。華やかで見ていて楽しい。

日吉大社参道の鳥居と常夜灯、満開の枝垂桜

日吉大社参道の鳥居と常夜灯。花渡り式を見る人達。満開の枝垂桜が優しい色を添える。

山王祭・花渡り式-4

行列は、参道の最初と最後で、神体山(八王子山)に一礼して進む。

日吉(ひよし)大社は、比叡山延暦寺の門前町・坂本にあって、延暦寺を守る位置づけにある。
神体山である八王子山には、比叡山の神が降臨するとされる。

日吉大社の守る延暦寺もまた近江(滋賀)の地にあって、京の都を守護する位置づけにある。
「近江は日本の楽屋裏」と白洲さんが書いた言葉を思い出す。

日吉大社境内、奥宮への登り口

日吉大社境内から神体山に登ることができる。山頂には奥宮(牛尾宮・三宮宮)がある。

ここ(東本宮そば)から奥宮までの距離は850m、高低差は180mあって、歩くと30分かかる。
12日夜の「午(うま)の神事」では、この坂を二基の神輿が勢いよく駆け下りる。
このとき二基の神輿には、牛尾宮と三宮宮の神様が乗っている。
牛尾宮に祀られている大山咋神(おおやまぐいのかみ)、三宮宮の鴨玉依姫神である。
山王祭の「午の神事」は、この男女の神様が結婚するストーリーだ。

日吉大社拝殿に置かれた三社の神輿(4月13日のみ)

拝殿(国宝)には、この日だけ三社の神輿が渡る。
日吉大社には七社の神輿があって、どれも重要文化財になっている。金銅装の見事な神輿だ。

ほかの四社の神輿は、13日夜に宵宮場で「宵宮落とし神事」を行なう。
四社の神輿を激しくゆさぶり、鴨玉依姫神の陣痛の苦しみを表すといわれる。若宮の誕生だ。

14日の午後には、七社の神輿が参道をくだり、台船に載せられて琵琶湖の上を巡行する。
唐崎神社沖で粟津の御供献上祭を行い、神輿は再び陸に上げられて坂本の町に戻る。

15日には祭礼が無事終了した事を感謝する「酉(とり)の神事」等が行なわれ、山王祭は終わる。

日吉大社の山王鳥居

山王の「山」という文字を表した山王鳥居(重要文化財)。西本宮の参道を登った先にある。

山王鳥居の特徴は、明神鳥居の上部に三角形の破風(屋根)が乗った形にある。
独特の鳥居で、仏教の胎臓界・金剛界と神道の合一を表しているとされる。

日吉大社東本宮本殿

東本宮本殿(国宝)。44年ぶりに修復工事が完了し、2013年3月24日に一般公開された。

東本宮本殿は1595年(安土桃山時代)の建立で、大山咋神が祀られている。
「日吉(ひえ)造り」と呼ばれる独特の様式で、屋根の前部と左右にひさしを伸ばす。

日吉大社東本宮拝殿から見た楼門と樹下神社

東本宮拝殿から、楼門(写真中央)と樹下神社(写真右)を見た風景。
樹下神社には、鴨玉依姫神(大山咋神の妻である神様)が祀られている。

亀井霊水

樹下神社のそばにあるのが「亀井霊水」。

亀井霊水説明

「「亀井」と名づける神泉があって、そこから流れ出る水がめぐりめぐって大宮川に合し、末は 畑をうるおして行くさまは、さながら古代信仰の絵文様を見る思いがする。」(近江山河抄)

自然の風景の中に神を見出し、祀る。それが素朴な形で信仰として存在している。
日吉大社の末社には竈の神様を祀ったものもあって、その世界観が伝わってくる。
美しい自然の中にある坂本という町自体が、ひとつの大きな舞台装置なのかもしれない。

日吉大社宇佐宮本殿へ続く参道

宇佐宮本殿(重要文化財)へ続く参道。朱色の常夜灯と新緑の黄緑が、目に鮮やかだ。

花渡り式を終えた参加者が日吉大社の鳥居をくぐり帰っていく

花渡り式を終えた参加者が、造花を手に、鳥居をくぐり帰っていく。桜が満開だった。

日吉大社の鳥居のそばにある石仏

日吉大社の鳥居のそばにある石仏。背後の階段(常夜灯脇)は比叡山横川に通じている。

坂本の里はひとつひとつの風景に細やかさがあって、何度歩いても心に染みてくるものがある。
日吉大社周辺には素晴らしい場所がたくさんあるが、次回は隠れた名所をご紹介したい。
比叡山を含めた坂本周辺は、季節を変えて、何回かに分けてご紹介できればと思う。

日枝の山道2(慈眼堂の石仏と日吉東照宮)へ続きます。


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