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2013年4月25日 (木)

紫香楽の宮1(瀬田川と石山寺)~白洲正子「近江山河抄」の舞台を歩く(16)

石山寺の月見亭と桜

石山寺の月見亭。近江八景のひとつ「石山の秋月」の舞台である。(2013年4月5日撮影)

眼下に流れる春の瀬田川(石山寺の月見亭から)

眼下に流れる瀬田川。琵琶湖から流れる唯一の川で、下流で宇治川、淀川と名を変える。

正倉院文書には、瀬田川と石山の話が登場する。
奈良に平城京が作られたとき、近江の田上山(たなかみやま)の木を切り、材木にした。
集められた木材は、瀬田川(宇治川)を経由して、奈良まで運ばれた。
そのとき、集積拠点として石山に役所を置いたという。当時は石山院と呼ばれていた。
石山寺縁起絵巻によれば、これが石山寺の起源だという。

石山寺境内と硅灰石の奇岩

石山寺を建立したのは、奈良の大仏を作り東大寺を開いた僧・良弁(ろうべん)である。

聖武天皇は良弁に命じて、大仏造立に必要な黄金が得られるよう、吉野の金峯山に祈らせた。
夢のお告げにしたがって石山を訪れた良弁は、比良明神の化身である老人に導かれる。
巨大な岩の上に聖徳太子念持仏の6寸の金銅如意輪観音像を安置し、草庵を建てたという。

2年後に陸奥国から黄金が産出されて大仏造立のめどがつき、元号を天平勝宝と改めた。
如意輪観音像が岩山から離れなくなったため、やむなく、観音像を覆うように堂を建てた。
それが石山寺の草創だと伝えられている。(参考:ウィキペディア)

石山寺は西国三十三ヶ所観音霊場第13番札所で、真言宗の寺である。
本堂は硅灰石の上に建ち、これが寺名(石山)の由来となっている。

石山寺多宝塔と硅灰石、良弁杖桜

石山寺多宝塔と良弁杖桜

多宝塔(国宝)と硅灰石(天然記念物)の奇岩。良弁杖桜と呼ばれる桜が咲いていた。
石山寺の多宝塔は、建久五年(1194)源頼朝が建立したもので、日本最古の多宝塔である。

良弁杖桜由来

「石山、石部、岩根など、良弁には石と縁のある地名がつきまとうが、彼が山岳信仰の行者で あったこと、土木の親方であったこととも無関係ではあるまい。」(近江山河抄より)

私がはっとさせられたのは、上記の一節だった。

調べてみると、良弁は近江南部(湖南)に数々の寺を建立していた。
瀬田川の向こうにある、金勝寺、常楽寺(湖南三山)、長寿寺(湖南三山)などなど。
金勝寺の山続きに信楽の地があって、聖武天皇が作った紫香楽宮の跡がある。

聖武天皇は最初、信楽に大仏をつくろうとして、その後奈良に大仏を作ったことは知っていた。
奈良の三月堂(東大寺法華堂)は、「いわば金勝寺の再生」だと白洲正子さんは書く。
それなら石山から出発して、信楽まで良弁の足跡をたどってみようと思った。

良弁は渡来人(近江の百済氏)出身で、野良作業の母が目を離した隙に鷲にさらわれたという。
奈良の二月堂前の杉の木に引っかかっているの助けられ、僧として育てられたと言われる。



木立の間からのぞく、石山寺本堂。石段を登って本堂に参拝する。



石山寺本堂(裏側より撮影)。コバノミツバツツジがひっそりと咲いていた。

本堂は総桧皮葺の立派な建物で、近江(滋賀県内)で最も古い建物だという。
内陣は1096年(平安中期)の再建で、外陣は1602年に淀君により建て替えられている。

紫式部像と源氏の間(石山寺本堂)

紫式部は『源氏物語』を石山寺で書いたと言われ、本堂に「源氏の間」がある。

石山寺縁起絵巻によれば、10世紀初めより宇多天皇の行幸がたびたびあった。
そして11世紀になると、末法思想を背景に、皇族や貴族の石山寺参拝が大流行したという。
紫式部は石山寺から月を見て、『源氏物語』の須磨や明石の描写の参考にしたと伝わる。

御影堂と石灯籠(石山寺)

御影堂(重文)と石灯籠。

石山寺の宝篋印塔

毘沙門堂の前にある宝篋印塔(ほういんきょうとう)。

周囲四方の石の下に、四国八十八ヶ所霊場の土が埋めてある。
これを廻ると八十八ヶ所を巡る同じ功徳を得るという。

それならと、踏み忘れがないよう念を押して、何回かぐるぐる回ってみた。

石山寺のめかくし石(平安時代の石塔)

ガイドブックにも書かれていないが、気になったのが「めかくし石」(平安時代の石塔)。
見た瞬間、逢坂山のふもとで見た、長安寺の牛塔を思い出した。

案内板には、「目かくししてこの石を完全に抱けば諸願成就と云う」とある。
境内の片隅にあるせいか、誰も足を止めず、目かくしして抱いている人もいなかった。
写真ではかわいらしく見えるが、大人2人でようやく抱えられるくらいの大きさがあった。

大友皇子を祀る若宮

大友皇子を祀る若宮(案内板)

大友皇子を祀る若宮。石山寺でも、大友皇子(弘文天皇)の埋葬伝説に出会う。

鞍掛神社の伝説の項で書いたが、大友皇子最期の地は分かっていない。
壬申の乱で大友皇子が敗れた地が、瀬田の唐橋である。
唐橋の周辺には、大友皇子を祀る神社(御霊神社)が3つあったりと、大友皇子縁の地が多い。
石山寺は唐橋に近い。だからこの地にも、大友皇子の埋葬伝説があるのだろう。

石山寺参道と満開の桜、着物姿の女性

石山寺は花の寺としても知られ、梅園や庭園(無憂園)がある。参道の桜が見事だった。

一番丸と石山港(瀬田川リバークルーズ)

石山寺の前にある石山港。瀬田川リバークルーズの外輪汽船「一番丸」が停泊中だった。

明治2年(1869)に就航した蒸気船「一番丸」を、今堅田の杢兵衛造船所で復元した船である。
瀬田川を遊覧し、瀬田の唐橋・近江大橋の下をくぐる観光船で、土日祝中心に運行している。
予約は不要で、弁当の持込やペット可(ただし2Fデッキでゲージに入れて)とのこと。
町歩きに向いている船だと知り、次の機会に一度乗ってみようと思っている。

主催されているのは、今堅田のレークウエスト観光(杢兵衛造船所隣)。
大津を歩くと意外なところで堅田に出会うのがうれしい。

石山寺駅近くで出会った石仏

京阪電車の石山寺駅近くで出会った石仏。石垣の中を掘ったお堂の中に安置されていた。

面長の愛らしい仏様である。石山寺の無憂園の奥で見た33体の石仏と、雰囲気が似ていた。
石のお堂といい、優しい雰囲気といい、石山寺界隈らしい仏様だと思った。

瀬田川の川べりにて(京阪電車石山寺駅付近)

瀬田川の川べりにて。左手の山(伽藍山)の麓に、京阪電車の石山寺駅と石仏がある。

水色の高架橋に隠れてしまって見えにくいが、その奥のクリーム色の橋桁が瀬田の唐橋だ。
川べりの遊歩道を、柳の新緑に見送られて、サイクリングの人が走り過ぎていく。
瀬田川の川べりは遊歩道と公園が続き、散策におすすめだ。私も30分ほどゆっくりして帰った。

写真の伽藍山の西には国分山があって、江戸時代に松尾芭蕉が滞在した「幻住庵」がある。
徒歩だと、京阪電車の石山寺駅から30分ほどで行ける。
芭蕉はちょうど春の時期に、約4ヶ月、幻住庵に滞在している。
そこで次回は、ちょっと足を伸ばして、幻住庵をご紹介したい。

次々回以降、良弁ゆかりの南部(湖南)の寺を、新緑と共に北上しながらご紹介する予定。

「逢坂越8(松尾芭蕉と幻住庵)」へ続きます。


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