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2013年4月28日 (日)

特別編:大津における芭蕉の発句、89句すべてを掲載しています~白洲正子「近江山河抄」の舞台を歩く(18)

芭蕉は40代以降、たびたび大津に滞在し、大津で89句の句を詠んでいます。
89句というのは、芭蕉の全発句の約1割にあたる数です。

幻住庵(大津市国分)に滞在したのは、『奥の細道』の旅の翌年。春に約4ヶ月滞在しました。
このときの滞在記が、芭蕉の俳諧七部集のひとつ『猿蓑』に収められている『幻住庵記』です。

大津を愛した芭蕉は、義仲寺(大津市馬場)に庵を結び(無名庵)、たびたび滞在しました。
その亡骸は、遺言により、義仲寺境内にある木曽義仲の墓の隣に葬られています。

凡例:
数字 通し番号(01-89)
【】  句が読まれた場所
[ ]   句碑がある場所(大津市内)


◆貞享2年(1685) 芭蕉42歳
3月:初めての大津滞在。『野ざらし紀行』の旅の途中、京都から小関越で大津に入る。
堅田本福寺の住職・三上 千那(せんな)、枡屋町(現・浜大津2丁目)の医師・江左 尚白が入門。千那宅、尚白宅に宿泊。
 

01.山路(やまじ)来て 何やらゆかし 菫草 【小関越え】 [小関天満宮]
02.辛崎(からさき)の 松は花より 朧にて 【唐崎】 [唐崎神社、近江神宮]

◆貞享5年(1688) 芭蕉45歳
6月上旬:奇香宅にて俳諧。瀬田で蛍見をしている。


03.五月雨(さみだれ)に 隠れぬものや 瀬田の橋 【瀬田】 [唐橋公園] 
04.この螢 田毎(たごと)の月に くらべみん 【瀬田】 
05.目に残る 吉野を瀬田の 螢かな 【瀬田】 
06.草の葉を 落つるより飛ぶ 螢かな 【瀬田】 
07.世の夏や湖水に浮ぶ 波の上 【瀬田】 
08.海は晴れて 比叡(ひえ)降り残す 五月(さつき)かな [新唐崎公園(下阪本)] 
09.夕顔や 秋はいろいろの 瓢(ふくべ)かな
10.鼓子花(ひるがお)の 短夜(みじかよ)眠る 昼間かな

◆元禄2年(1689) 芭蕉46歳
12月:智月宅で俳諧。膳所で年越し。


11.少将の 尼の咄(はなし)や 志賀の雪
12.これや世の 煤(すす)にそまらぬ 古合子(ふるごうし)
13.霰(あられ)せば 網代(あじろ)の氷魚(ひお)を 煮て出さん [南郷水産センター]
14.何にこの 師走(しわす)の市(いち)に ゆく烏(からす)

◆元禄3年(1690) 芭蕉47歳
3月中旬:膳所義仲寺の無名庵に滞在。
4月1日:石山寺に参拝し、紫式部が『源氏物語』を執筆した「源氏の間」を見る。


15.薦(こも)を来て 誰人(だれびと)います 花の春
16.草枕 まことの花見を しても来(こ)よ
17.獺(かわうそ)の 祭見て来(こ)よ 瀬田の奥 [田上砂防事務所近く]
18.四方より 花吹き入れて 鳰(にお)の波  [戒琳庵(膳所在住の医師・洒堂の住居)]
19.行く春を 近江の人と 惜しみける 【義仲寺】 [義仲寺]
20.独り尼(あま) 藁屋(わらや)すげなし 白躑躅(しろつつじ)
21.曙は まだ紫に ほととぎす 【石山寺】 [石山寺]

4月6日~7月23日:国分山の幻住庵に入庵。
(6月上旬:京都に滞在。)
(6月19日:幻住庵に帰り、その後、膳所の洒堂宅に数日宿泊。)
(6月28日:洒堂と唐崎明神に参拝。堅田の千那を訪問。)
7月23日:幻住庵を出て、膳所義仲寺の無名庵に移る。
8月15日:無名庵で月見の句会を開催。


22.先ず頼む 椎(しい)の木もあり 夏木立 【幻住庵(幻住庵記)】[近津尾神社(幻住庵隣)]
23.夕(ゆうべ)にも 朝にもつかず 瓜の花
24.夏草に 富貴を餝(かざ)れ 蛇の衣(きぬ)
25.夏草や 我(われ)先達(さきだち)て 蛇狩らん
26.橘(たちばな)や いつの野中の 郭公(ほととぎす)
27.日の道や 葵傾く 五月雨(さつきあめ)
28.螢見や 船頭酔うて おぼつかな 【瀬田(※瀬田でまた蛍見)】
29.己(おの)が火を木々の螢や花の宿
30.わが宿は 蚊の小さきを 馳走(ちそう)かな 【幻住庵】 
31.やがて死ぬ 景色は見えず 蝉の声 【幻住庵】 
32.合歓(ねむ)の木の 葉越しも厭(いと)へ 星の影
33.玉祭り 今日も焼場の 煙かな
34.猪(いのしし)も ともに吹かるる 野分かな
35.こちら向け 我もさびしき 秋の暮 【幻住庵】
36.草の戸を知れや穂蓼(ほだて)に唐辛子 【義仲寺】
37.明月や 座に美しき 顔もなし 【義仲寺】
38.月代や 膝に手を置く 宵の宿 【膳所】
39.稲妻に 悟らぬ人の 貴さ(たっとさ)よ 【義仲寺】
40.白髪抜く 枕の下や きりぎりす
41.桐の木に 鶉(うづら)鳴くなる 塀の内

9月13日~:堅田に行くが風邪をひいての滞在となる。
9月25日:堅田より無名庵に戻り、その後、故郷の伊賀上野へ。
12月末:大津へ来て、乙州(人名)の新居に滞在し、年越し。


42.病雁の 夜寒(よさむ)に落ちて 旅寝かな 【本福寺(本堅田)】 [本福寺]
43.海士(あま)の屋は 小海老にまじる いとどかな 【本堅田】 [堅田漁港]
44.朝茶飲む 僧静かなり 菊の花 【祥瑞寺(本堅田)】 [祥瑞寺]
45.蝶も来て 酢を吸う菊の 膾(なます)かな
46.雁(かり)聞きに 京(みやこ)の秋に 赴かん
47.見送りの うしろや寂(さび)し 秋の風
48.三尺の 山の嵐の 木の葉かな
49.石山の 石にたばしる 霰(あられ)かな [石山寺]
50.比良(ひら)三上(みかみ) 雪さしわたせ 鷺(さぎ)の橋 [浮御堂(本堅田)]
51.ひごろ憎き 烏(からす)も雪の 朝(あした)かな 【義仲寺】 
52.貴(とうと)さや 雪降らぬ日も 蓑(みの)と笠(かさ)
53.かくれけり 師走の海の かいつぶり
54.人に家を 買わせて我は 年忘れ 【乙州宅】

◆元禄4年(1691) 芭蕉48歳
1月上旬:江戸へ行く乙州のために、餞別の俳句の席を設ける。伊賀上野へ。


55.大津絵の 筆のはじめは 何仏(なにぼとけ) 【乙州宅】 [月心寺、円満院、芭蕉会館]
56.梅若菜 丸子(まりこ)の宿(しゅく)の とろろ汁 【乙州宅】 

6月10日:乙州宅滞在。(13日:京都に戻る。)
6月25日:京都から大津に移り、義仲寺の無名庵に滞在。
7月3日:『猿蓑』(『幻住庵記』を収録)を出版。
8月15日:新築された無名庵で、月見の句会を開催。
8月16日:舟で堅田に渡り、竹内茂兵衛成秀の家で月見の会。
※この日の事を記した『堅田十六夜の弁』→全文はこちらの後半に掲載。
9月:中旬に京都へ出て、23日無名庵へ戻る。28日江戸へ向かう。


57.木曽の情(じょう) 雪や生(は)えぬく 春の草
58.初秋や 畳みながらの 蚊屋(かや)の夜着(よぎ)
59.秋海棠(しゅうかいどう) 西瓜(すいか)の色に 咲きにけり
60.秋の色 糖味噌壺(ぬかみそつぼ)も なかりけり
61.淋しさや 釘に掛けたる きりぎりす
62.米(よね)くるる 友を今宵の 月の客 【義仲寺】
63.三井寺の門(もん) 敲(たた)かばや 今日の月 【義仲寺】 [円満院]
64.鎖(じょう)明けて 月さし入れよ 浮御堂 【堅田(堅田十六夜の弁)】 [浮御堂]
65.やすやすと 出(い)でていざよふ 月の雲 【堅田(堅田十六夜の弁)】 
66.十六夜(いざよい)や 海老煎る程の 宵の闇
67.祖父親(おおじおや) 孫の栄えや 柿蜜柑
68.煮麺の 下(した)焚きたつる 夜寒かな
69.名月は 二つ過ぎても 瀬田の月
70.稲雀(いなすずめ) 茶の木畠(ばたけ)や 逃げどころ
71.鷹の目や 今や暮れぬと 鳴く鶉(うずら)
72.草の戸や 日暮れてくれし 菊の酒 [馬場児童公園]
73.折々は 酢になる菊の 肴(さかな)かな
74.橋桁の 忍(しのぶ)は月の 名残かな
75.蕎麦も見て けなりがらせよ 野良の萩(はぎ) [山の手児童公園]
76.九(ここの)たび 起きても月の 七ッかな
77.松茸(まつだけ)や 知らぬ木(こ)の葉の へばり付く

◆元禄7年(1694) 芭蕉51歳
5月17日:伊賀上野を経て、乙州宅に一泊。
5月18日~21日:膳所へ移り、曲水宅に滞在。(22日:京都の楽柿舎へ)
6月15日~7月5日:義仲寺の無名庵に滞在。
10月12日:大阪で死去。遺体はその日のうちに舟に載せて伏見まで運ぶ。
10月13日:昼過ぎ、遺体は膳所の義仲寺へ。
10月14日:遺言どおり、義仲寺境内にある木曽義仲の墓の隣に埋葬される。


78.夏の夜や 崩れて明けし 冷(ひや)し物 【曲翠亭】
79.飯(めし)あふぐ  嚊(かか)が馳走や 夕涼み
80.皿鉢も ほのかに闇の 宵涼み
81.さざ波や 風の薫(かおり)の 相拍子(あいびょうし)
82.湖(みずうみ)や 暑さを惜しむ 雲の峰 【膳所城跡】 [膳所城跡公園]
83.ひらひらと 挙ぐる扇や 雲の峰 [天孫神社前植栽地]
84.蓮の香(か)を 目にかよはすや 面(めん)の鼻
85.稲妻や 顔のところが 薄(すすき)の穂
86.秋近き 心の寄りや 四畳半 【木節庵】
87.ひやひやと 壁をふまえて 昼寝かな 【木節庵】
88.道ほそし 相撲取草の 花の露 【木節庵】
89.この宿は 水鶏(くいな)も知らぬ 扉(とぼそ)かな

あとがき:

初めて芭蕉の句碑に出会ったのは、2007年頃、大津市北部の堅田を撮影したときでした。
芭蕉が堅田で月見の会をした日のことを記した、俳文『堅田十六夜の弁』との出会いです。
堅田には弟子の三上千那(せんな)がいて、弟子の宝井其角の父親の故郷でもありました。

2013年4月、『近江山河抄』の舞台の撮影で、芭蕉が滞在した大津の幻住庵を訪ねました。
地元で伺ったのは、幻住庵を訪ねる人の多くが俳句の愛好者の方だということでした。
いつかまとめようと思っていた大津と芭蕉について、この機会に書き下ろしました。

私の関わっているテーマは、経済性の観点からは切り捨てられてしまうものが多いです。
大津と芭蕉や、近江山河抄の撮影もそのひとつです。
このまま機会を待っていても、きちんと世に出す機会はないかもしれません。
今まで集めてきた資料の中には、現在入手できないものもあります。
そこで、自分のサイトに少しずつ、原稿をUPしていくことにしました。

滋賀の文化財は地元の方で守っているところも多く、ご苦労をみる度胸を痛めてきました。
そういった中で皆さまに関心を寄せて頂くことは、大きな力になります。
撮影者のみならず、文化財保護、そして地元の方へのエールになります。

芭蕉の足跡をたどって大津にお越し頂く皆様に、この一覧を役立てて頂ければ幸いです。
いつか写真や地図もつけて、書籍のような形でご紹介できればと思っております。

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