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2008年5月

2008年5月31日 (土)

■JR湖西線・堅田駅⇔浮御堂周辺散歩■31~Honkatata/本堅田 053

車道、停めてある白い車、地蔵堂、寺の瓦屋根、保育園の建物、右手には木の緑

路地を抜けると、光徳寺、祥瑞寺、本福寺に面した道に出る。
電柱の後ろにあるのは、前回ご紹介した、こしきり地蔵(北向地蔵)。
その後ろは光徳寺の瓦屋根、緑の屋根の建物は本福寺保育園。
道路右側は祥瑞寺の一面の緑。
堅田の写真 本堅田 「其角亭跡のある路地を抜けたところ」 2008.05.21 11:04

今月お送りしているのは、JR湖西線と堅田駅、
および滋賀県大津市本堅田1丁目の古い路地を写した、 2008年春の記録です。

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2008年5月30日 (金)

■JR湖西線・堅田駅⇔浮御堂周辺散歩■30~Honkatata/本堅田 052

地蔵堂の奥に地蔵が3体並ぶ。左側には座布団を置いた木のベンチ。

こしきり地蔵(北向地蔵)。北向きの地蔵は珍しいと聞いた。
腰から下の部分がない地蔵で、地蔵の腰をさすると腰痛に効くと伝えられている。
堅田の写真 本堅田 「こしきり地蔵(北向地蔵)」 2008.04.15 11:58

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2008年5月29日 (木)

■JR湖西線・堅田駅⇔浮御堂周辺散歩■29 ~Honkatata/本堅田 051

光徳寺の山門を若い修行僧が数人入っていったところだった

若い修行僧が堅田のお寺を回って読経しているところに、偶然出くわした。
おそらく、近くの比叡山の僧侶だろう。
堅田の写真 本堅田 光徳寺2 「光徳寺・修行僧の訪問」 2008.05.21 11:40

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光徳寺について  Back Number/バックナンバー

2008年5月28日 (水)

■JR湖西線・堅田駅⇔浮御堂周辺散歩■28~alley/路地 017

路地の左側に白壁の塀が続く。その途中に光徳寺の門が見えている。自転車の男性が通り過ぎていった。

光徳寺が見えてきた。
堅田の写真 路地 「本堅田・其角亭跡のある路地7」 2008.05.21 11:10

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2008年5月27日 (火)

■JR湖西線・堅田駅⇔浮御堂周辺散歩■27~alley/路地 016

路地を左に曲がろうとしている。石の道しるべがある。民家と蔵が見える。

趣のある民家と蔵が並ぶ。どちらも一般のお宅として使われている。光徳寺は蔵の向かい側にある。
堅田の写真 路地 「本堅田・其角亭跡のある路地6」 2008.05.21 11:07

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2008年5月26日 (月)

■JR湖西線・堅田駅⇔浮御堂周辺散歩■26 ~Honkatata/本堅田 050

額縁のようなお寺の門の奥に、つつじの花が咲いている。

ずっとご紹介してきた路地から外れるのだが、この妙盛寺もまた、
浮御堂の徒歩10分圏にある8つの社寺のひとつ。
妙盛寺は、2008年1月(浮御堂散歩)の最後に数回取り上げたが、
つつじがとてもきれいだったので、ここで再びご紹介します。
堅田の写真 本堅田 妙盛寺5 「妙盛寺・5月」 2008.05.03 12:14

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2008年5月25日 (日)

■JR湖西線・堅田駅⇔浮御堂周辺散歩■25~Station/駅 027

堅田駅のロータリーから、高架式の堅田駅に117系の長い車体が止まっているのを見ている。

堅田駅は、意外と鉄道写真が撮りやすい。
理由1 新快速と普通の待ち合わせなどのために、停車時間が長い(停車中の電車を安心して撮れる)。
理由2 上下線のダイヤが近接しているので、数十分の間にかなり写真が撮れる(僕も大して滞在していない)。
理由3 高架式の駅なので、こんな写真が撮りやすい(この日は振り返ったら117系がいた)。
理由4 湖西線は、113系、117系といった懐かしい電車の宝庫(加えて、サンダーバードも撮れる)。
僕も今年の2月になるまでは、意識して鉄道を撮ったことはなかった。

堅田の写真 堅田駅21 「4月の堅田駅3 堅田駅と117系」 2008.04.04 11:12

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2008年5月24日 (土)

■JR湖西線・堅田駅⇔浮御堂周辺散歩■24~Station/駅 026

レトロな感じのする117系の車内。競馬の桜花賞のポスターがかかっている。

堅田の写真 堅田駅20 「4月の堅田駅2 117系300番台(福知山色)車内」 2008.04.09 14:38

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2008年5月23日 (金)

■JR湖西線・堅田駅⇔浮御堂周辺散歩■23~Station/駅 025

ベージュの緑のライン、117系がホームに入ってくる

堅田の写真 堅田駅19 「4月の堅田駅1 117系300番台(福知山色)」 2008.04.09 14:37

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2008年5月22日 (木)

■JR湖西線・堅田駅⇔浮御堂周辺散歩■22~Station/駅 024

堅田駅1番線ホーム。左手に町、春の空、ホームの奥に人がひとり見える。

堅田の写真 堅田駅18 「初春の堅田駅4」 2008.03.18 11:00

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2008年5月21日 (水)

■JR湖西線・堅田駅⇔浮御堂周辺散歩■21~alley/路地 015

路地が二手に分かれる

この路地は、まっすぐ行けば伊豆神社、
左に進めば光徳寺、こしきり地蔵(北向地蔵)、そして祥瑞寺へと続く。
堅田の写真 路地 「本堅田・其角亭跡のある路地5」 2008.03.02 12:27

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2008年5月20日 (火)

■JR湖西線・堅田駅⇔浮御堂周辺散歩■20~alley/路地 014

堅田源兵衛の首の看板

堅田源兵衛の首について(その後)

事の子細を聞いた蓮如は、「源兵衛こそが浄土真宗再興の基である」と涙を流した。
取り戻された御真影(ごしんねい・親鸞の木像のこと)は、山科(京都市)の坊舎に安置され、
文明十五年(1483)8月、山科本願寺が落成した。
父親の源右衛門は息子を弔うため諸国巡礼の旅に出て、
備後(広島県)の福山にて90才で亡くなった。
24才で亡くなった源兵衛の墓と頭蓋骨は、堅田の光徳寺にある。

堅田の写真 路地 「本堅田・其角亭跡のある路地4」 2008.03.02 12:27

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2008年5月19日 (月)

■JR湖西線・堅田駅⇔浮御堂周辺散歩■19~Honkatata/本堅田 049

光徳寺の本堂。桜が咲いている。

堅田源兵衛の首について(後編)

堅田の光徳寺の門徒に、漁師の源兵衛という若者がいた。
三井寺の出した難題を聞いた源兵衛は、自分たち親子の首を差し出すことを決心した。
源兵衛は、父親の源右衛門に、父に先立つのは不幸の極みだが、早く自分の首を打って、
御真影(ごしんねい・親鸞の木像のこと)を取り戻してくれと頼んだ。
源右衛門は泣く泣く息子の首を打ち、三井寺に赴いて、自分の首もはねてくれと言った。
三井寺は源兵衛の殉教心に感じ入り、直ちに御真影と源兵衛の首を返した。(その後は次回)

堅田の写真 本堅田 光徳寺1 「光徳寺・本堂」 2008.04.06 11:12

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2008年5月18日 (日)

■JR湖西線・堅田駅⇔浮御堂周辺散歩■18~alley/路地 013

路地の奥に「堅田源兵衛の首」という光徳寺の看板。

堅田源兵衛の首について(前編)
文明三年(1471)、堅田から越前吉崎へと逃れた際、
蓮如は、三井寺(滋賀県大津市)に親鸞の御真影(ごしんねい)を預けていった。
御真影とは、浄土真宗の開祖である親鸞の木像のことをいう。
文明十二年(1480)、御真影を返してもらおうと三井寺に赴いたところ、
人の生首を二つ並べるなら返そうと言われ、蓮如は困り果てた。(次回に続く)

堅田の写真 路地 「本堅田・其角亭跡のある路地3」 2008.03.02 12:27

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2008年5月17日 (土)

■JR湖西線・堅田駅⇔浮御堂周辺散歩■17~alley/路地 012

路地の奥、左上の空に光徳寺の立派な瓦屋根が見え、左手に其角亭跡の黄色っぽい塀が続く

見えているのは光徳寺の屋根と其角亭跡。
芭蕉ゆかりの本福寺はこの光徳寺のすぐ隣にあり、其角亭のあった場所が文化の中心地だったことがうかがえる。
(訂正:当初、本福寺の屋根としていましたが、正しくは光徳寺です。訂正して書き直しました。2008年5月22日) 堅田の写真 路地 「本堅田・其角亭跡のある路地2
(其角亭跡と光徳寺の屋根)」 2008.03.02 12:25

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2008年5月16日 (金)

■JR湖西線・堅田駅⇔浮御堂周辺散歩■16~alley/路地 011

路地の左手に其角亭跡の碑が見える。其角亭跡には伝統的な造りの木造の家が建つ。 

松尾芭蕉の弟子・宝井其角(たからいきかく)は、父親が堅田の出身だったこともあり、
たびたび堅田を訪れては滞在した。
現在は邸宅のあった場所に木製の碑とともに案内板が建てられている。(写真中央)
写真左は一般の民家で立ち入ることはできないが、歴史と景観に配慮されたもの。

堅田の写真 路地 「本堅田・其角亭跡のある路地1(其角亭跡)」 2008.03.02 12:19

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2008年5月15日 (木)

■JR湖西線・堅田駅⇔浮御堂周辺散歩■15~alley/路地 010

瓦

堅田の古い町並みを歩くと、瓦がとても印象に残る。
写真の瓦は遠方から見に来る職人さんもいるという。
堅田の写真 路地 「本堅田・本福寺の路地5」 2008.04.06 11:22

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2008年5月14日 (水)

■JR湖西線・堅田駅⇔浮御堂周辺散歩■14 ~alley/路地 009

本福寺の門。蓮如忌の紺と白の旗が、門の両脇に立つ

本福寺をはじめ、堅田には蓮如ゆかりの寺が多い。
写真は蓮如忌のときの本福寺の山門。
堅田の写真 路地 「本堅田・本福寺の路地4」 2008.03.02 12:19

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2008年5月13日 (火)

■JR湖西線・堅田駅⇔浮御堂周辺散歩■13 ~Station/駅 023

駅のホームで無線機を持って連絡を取る作業員の男性。線路には二人作業員の男性が見える。

堅田関連の写真 おごと温泉駅(車内から撮影) 「安全点検」 2008.03.18 10:53
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2008年5月12日 (月)

■JR湖西線・堅田駅⇔浮御堂周辺散歩■12 ~Station/駅 022

堅田駅のホームをまもなく発車しようとしている電車。若い女性の車掌と中年男性の駅員が電車を見守る。

堅田の写真 堅田の写真 堅田駅17 「初春の堅田駅3」 2008.03.18 10:56
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2008年5月11日 (日)

■JR湖西線・堅田駅⇔浮御堂周辺散歩■11 ~Honkatata/本堅田 048

年配の参拝者が3人、本堂へ向かっている

千那(第11代住職で芭蕉の弟子)の建てた本堂は、
昭和29年12月8日、原因不明の火事により焼失した。
現在の本堂は平成7年に再建されたもの。
堅田の写真 本堅田 本福寺2 「本福寺・本堂」 2008.04.06 11:23

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2008年5月10日 (土)

■JR湖西線・堅田駅⇔浮御堂周辺散歩■10 ~Honkatata/本堅田 047

横に悠々と枝を広げる松の大木。奥にお寺が見える。 

第11代住職・明式は俳号を千那といい、松尾芭蕉の弟子であった。
本福寺を訪れた際、風邪で寝込んだ芭蕉は「病雁の夜寒に落ちて旅寝かな」の句を残している。
この句の真筆句碑が本福寺境内に残っている。
堅田の写真 本堅田 本福寺1 「本福寺・松」 2008.04.15 12:13

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プロフィール18:27に更新しました。

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2008年5月 9日 (金)

■JR湖西線・堅田駅⇔浮御堂周辺散歩■09 ~Station/駅 021

大津京駅のホーム。腕組みをした若い男性が一人、携帯電話をかけるサラリーマンが二人、アタッシュケースを足元においてホームに立っている男性が一人見える。

「サンダーバード、別の事故の影響で足止め」 2008.03.18 10:43
堅田関連の写真 JR湖西線・大津京駅(反対側ホームの電車車内から撮影)
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プロフィール更新しました。

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2008年5月 8日 (木)

■JR湖西線・堅田駅⇔浮御堂周辺散歩■08 ~Station/駅 020

夕暮れの堅田駅のホーム

堅田の写真 堅田駅16 「夕暮れの堅田駅10」 2008.03.12 16:50
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2008年5月 7日 (水)

■JR湖西線・堅田駅⇔浮御堂周辺散歩■07 ~alley/路地 008

お城を思わせる古くて立派な壁が続く。向こうに本福寺の門が見えている。

第五代・明宗、第六代・明誓、第七代・明順の各住職は、精力的に記録を書き残した。
本福寺記録と呼ばれるこの記録により、応仁の乱の戦火で記録が消失した
日本の中世に、光があたることになる。
堅田の写真 路地 「本堅田・本福寺の路地3」 2008.03.02 12:18

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2008年5月 6日 (火)

■JR湖西線・堅田駅⇔浮御堂周辺散歩■06 ~alley/路地 007

本福寺を近くから見ている。路地の塀は、時代劇に出てくるお城のように古くて立派なもの

比叡山延暦寺は本願寺と蓮如を仏敵とし、応仁二年(1468)、
延暦寺西塔の衆徒は大軍を もって堅田を攻撃した(堅田大責という)。
蓮如は比叡山に近い堅田の地をあきらめ、文明三年(1471)4月、越前吉崎へと向かうことになる。
訂正:前回の応仁元年の西暦が間違っていました。おわびして訂正します。
堅田の写真 路地 「本堅田・本福寺の路地2」 2008.04.15 12:16

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本福寺について
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2008年5月 5日 (月)

■JR湖西線・堅田駅⇔浮御堂周辺散歩■05 ~alley/路地 006

狭くて古い路地の奥に立派な本福寺が見えている

本願寺を追われた蓮如は、応仁元年(1467)、堅田の本福寺に身を寄せて再興の時を待った。
堅田の写真 路地 「本堅田・本福寺の路地1」 2008.04.15 12:16

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本福寺について
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2008年5月 4日 (日)

■JR湖西線・堅田駅⇔浮御堂周辺散歩■04 ~Station/駅 015-019

向こうから電車が堅田駅のホームに近づいてくる

電車はどんどん近づいてくる

反対側からも電車が駅に入ってきて、もうすぐホームで電車が並びそう

2台の電車が駅のホームで並んで止まる。入ってきた電車のライトはまだ点いている

入ってきた電車のライトが消える

堅田の写真 堅田駅11-15 「夕暮れの堅田駅5-9」 2008.03.12 すべて16:51
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2008年5月 3日 (土)

■JR湖西線・堅田駅⇔浮御堂周辺散歩■03 ~Station/駅 014

夕暮れの堅田駅4

堅田の写真 堅田駅10 「夕暮れの堅田駅4」 2008.03.12 16:49
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2008年5月 2日 (金)

■JR湖西線・堅田駅⇔浮御堂周辺散歩■02 ~Station/駅 013

堅田駅のベンチの上に座布団が置かれている。座布団は手作りで、みんな模様が違う、とてもきれいなもの。夕日が差し込んでいる。

堅田の写真 堅田駅9 「夕暮れの堅田駅3」 2008.03.12 16:49
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2008年5月 1日 (木)

■JR湖西線・堅田駅⇔浮御堂周辺散歩■01 ~Station/駅 012

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堅田駅の夕暮れのホーム。ホームの端が見える場所。おごと温泉駅方向(上り方向)を見ている。

堅田の写真 堅田駅8 「夕暮れの堅田駅2」 2008.03.12 16:50

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