1行紹介

滋賀県大津市出身。2006年1月より、堅田(※)の写真を撮り始め、2007年12月よりブログで「Katata/堅田」を掲載。

(※)滋賀県大津市本堅田・今堅田・堅田の総称。大津市北部に位置する琵琶湖畔の歴史ある町。京都からJR湖西線で約20分(新快速利用の場合)。

自己紹介文

ブログ「Katata/堅田」について(2008.08付記、2009.05更新)

■1 堅田について

住所 滋賀県大津市本堅田・滋賀県大津市今堅田・滋賀県大津市堅田

地理 滋賀県大津市北部にある琵琶湖畔の町堅田駅を境に山側湖側の東西エリアに分かれる。

山側(西) 本堅田6丁目から衣川(きぬがわ)、真野普門の牧歌的な田園風景が広がる。

湖側(東) 本堅田1~2丁目を中心に、古くからのゆったりとした町並みが残る。
近江八景のひとつ「堅田の落雁」で有名な浮御堂も、このエリア。

・浮御堂の徒歩30分圏・・・伊豆神社、神田神社、光徳寺、祥瑞寺、本福寺など8つの寺社。

堅田本町周辺・・・昭和の雰囲気の残る商店街と、ヴォーリズ堅田教会

・浜通り商店街(堅田漁港堅田港の間)・・・水運で栄えた堅田の有力者、居初氏(いそめし)の邸宅(居初邸)と庭園(天然図画亭、てんねんずえてい)。居初邸のすぐ傍に湖岸の散歩道あり。

本堅田4丁目から今堅田1丁目・・・琵琶湖の内湖である堅田内湖があり、本堅田では淡水真珠の養殖が行われている。

今堅田1丁目・・・造船所の残る水辺のまちで、瀬戸内海の水辺の町を思わせるような町並みと、琵琶湖大橋周辺の繁華街を併せ持つ。明治期に建てられた木製の灯台、今堅田出島灯台(でけじまとうだい)が有名。

特徴 近年は京阪神のベットタウンとしてマンションや住宅街が立ち並ぶようになっているが、京都や鎌倉に匹敵するような古い町並み・寺・神社は健在。なにより素晴らしいのは、そこで普通に暮らしが営まれていること。消えつつある日本、なのかもしれません。

■人物 蓮如上人、一休和尚、松尾芭蕉に縁が深い。「堅田源兵衛の首」「おとせの浜の伝承」「匂当内侍(こうとうないし、新田義貞の妻)の物語」など、まだまだ知られていない話も多い。「淡海節」の志賀廼家淡海は本堅田出身。


■2 配信日時とテーマについて

■現在、充電中につき、不定期配信でお送りしています。
■月単位でテーマを決めて堅田の写真を公開してきました。2009年1月は、「浮御堂へ続く町並み」を、2月は、「浮御堂周辺」と「冬のJR湖西線」を、2009年3-4月は、春の風景をご紹介しました。

■3 著作権について

■このブログの著作権はすべてJ.Kanematsuに帰属します。
■このブログの写真にはすべて署名のほかに電子透かしが入っています。

■4 開設の経緯について

■私が初めて堅田を訪れたのは、2006年の1月のことでした。一枚の写真がとても印象に残り、浮御堂を訪れてみたいと思ったのです。それは、冬の寒空の下、琵琶湖の上にある浮御堂に続く石橋を一人のおばあさんが渡っていく写真でした。2005年12月に、滋賀県の広報誌の表紙を飾った一枚です。

■堅田の町に惹かれた私は、時々写真を撮りに行くようになりました。そして、このブログ開設の直接のきっかけとなったのは、2007年12月、堅田で開かれた「湖族の郷アートプロジェクト」です。このとき出会った若手芸術家の皆さんは、とてもいい顔をして作品に向かっていました。英語ではピアノを弾く人はみんなピアニストです。それなら、写真を撮る人は誰でもphotographerなんだ!と、とてもシンプルなことに気がつきました。

■その熱気の覚めないうちにと、私は無料ブログを使って、このブログを開設しました。2007年12月末のことでした。いろんな方に写真日めくりのように使っていただけたらと思っています。おかげさまで滋賀県外からもたくさんご訪問いただいています。ありがとうございます。この場を借りてお礼申し上げます。

■5 営利広告について

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■6 トラックバック・コメントについて

■特定の記事・カテゴリーに対する広告の大量送りつけなどがあり、トラックバックは閉鎖しています。それ以降、セキュリティ対策上、コメントは承認制をとっておりますが、公開しないというわけではありませんので、お気軽にお寄せ下さい。

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■7 発信のスタンスについて


■私は、堅田の住民でも、観光業に携わる者でもありませんが、大津市出身ということもあり、堅田に行くと不思議な既視感があります。そんな私がカメラを通じて感じたものを、素直にお伝えできればと思います。

■堅田の町衆の人々は、室町時代に比叡山と敵対してまで蓮如を守りました。また、室町幕府の花の御所造営に際し、琵琶湖の通行税を払うように要求して幕府方に攻撃され、琵琶湖に浮かぶ沖島に逃げた時期もありました。それゆえ堅田は歴史の表舞台から消された感があります。こんな歴史の授業なら、学生時代にもっと楽しく勉強できたかもしれません。そんな思いで、歴史の解説文は、中学生の皆さんにもわかりやすく読んでもらえるように、宗教用語を極力少なくして書いています。

■個人のお顔は正面からアップで撮影しないように気をつけています。地番等が写りこんだ場合は、最小限の修整を行っています。

■8 雑感

■堅田のよさがまだ残っている今だからこそ、いろんな意味でまだ間に合うという気持ちが、私のどこかにあります。堅田の商店街や古くからの住民の方を見ていると、余力のすごさを感じます。経験、歴史、長い年月の中で培われてきたもの、伝えられてきたもの、としか言い表せません。

■地方の疲弊が指摘されて久しいですが、おひとりおひとりの中に秘められた力は決して損なわれてはいない。そして、それは堅田だけでなく、堅田の古くからの住民の方に限った話でもないのでは・・・。堅田の写真を撮りながら、私はそう感じています。

私ができることは、ささやかなことです。それでも私は、春の光や、花や、新緑を、命のきらめきを、皆様にお届けしたいと思います。

■実際のところはといいますと・・・、写真を撮っているときは、その一瞬を撮ることにしか意識がいっていません。車のクラクションを必要以上に鳴らされる、犬に吠えられる、ご近所の方に怪しまれるetc。フルコースでくると、さすがにへこみます。団地の敷地内とは知らずに入り込んでしまい、気がついたら目の前には「最近不審者が多いので、見かけたらすぐ警察に通報してください」の張り紙があったことも・・・。地元の方に不快感を与えることなく写真を撮っていくことは、永遠のテーマです。

■それでも、また私は次の被写体へ向かっています。なんといえばいいのでしょうか、堅田では、自分の内側と何かが呼応するんだとしかいえません。だから、私は堅田を撮るんだと思います。

■これからも、車に気をつけて堅田を撮り続けたいと思います。堅田の皆様、最近は撮影していてもご丁寧に挨拶してくださる方が多く、ありがたく思っています。今後ともよろしくお願いします。  J.kanematsu